Tosa dayori of twin-soul-doi

gaikan.pngTwin-soul-Doi 土居邸

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2017.06.03 オーイ みんな元気か?

2017年06月3日

自宅前の道路が綺麗になったのが三月の末頃でした。そしてこの二ヶ月あまり生き物の姿が全く見えなかった。以前は頻繁にタヌキとキジ、稀に野ウサギやキツネにイノシシを見かけてました。
彼らの生活圏に突如現れた真新しいアスファルトに白線は危険信号に思えるらしく、どこかに行っちゃったのか、もしくは採餌ルートを変えちまったんじゃないかと、寂しい思いをしておりました。
ところがここひと月ほど前から順次田植えが始まり、田に水が入るとカエルが鳴き始め、それを狙ってシラサギたちの姿が田の中で見られるようになってきました。

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トラクターの足跡が道路につき始め、いよいよ田舎道の感が戻ってきたなの今朝のこと。
カメの姿発見。道を渡って田に行こうとしている。車が近寄ると手足と首を引っ込めて待機。日本の在来亀は石亀、草亀、スッポンの三種類だけだそうで彼?も石亀か草亀のどちらかなんだけどこれが分からない。スッポンもたまに見かけるけどあきらかに姿が違うので間違えないし掴まない。

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車を止めて持ち上げ、撫で回した後に水を張った田へおいで願った。カメは危険察知能力が優れているとは思えないので、環境変化もひたすら甲羅の中でやり過ごすはずだ。てなことを思いながら他の生き物たちも以前のようにそろそろ出てきそう。
そんな気がする。楽しみですなあ。

文中シラサギと呼びましたが、ダイサギ、チュウサギ、コサギ、アマサギ、アオサギなどが生息しています。ひとっくくりに言ってみただけでシラサギという種はいません。
念のため。

2017.06.02 友 遠方よりいろんな刺激を持って来たぜ。

2017年06月2日

小学校の同級生であり、このホームページの立ち上げから毎回の更新まで全てをお頼みしているお江戸在住のT君が京都での仕事の合間に来高してくれた。
水、木、二日間の滞在でしたが、土居邸定休日の水曜日は「どうだ!田舎は。どうだ!仁淀川は」と都会人にはこれしかない張り合いの闘志を燃やして仁淀川流域を連れ回しました。車中は近況から健康までとどまることのないおしゃべり爺さん二人組。
越知町を通ってる時に横倉山自然の森博物館の看板。「寄ってみようか」ということで行ってみました。博物館の建物を見るなり「これ安藤忠雄の設計だな」とぽつり。「Oh! さすがに」彼の仕事は建築家。
ウダウダとバカを言いつつ気分は小学生。

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土居邸ホームページにも映像がありますが、今回も最新型のドローンを持参。それならばということで、見晴らしの良いところへ車を走らせ眼下に越知町と仁淀川の見える場所へ案内し件の写真。

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なんとこのドローンは3kmほどが行動範囲で、あっという間に見えなくなる。手元の操縦機にはスマホをモニターにして搭載の4kカメラの映像が見られる。アナログマスターの「こんな山の中でちゃんと戻ってくるのかいな?」の心配顔を察してこともなげに言うことにゃ「出発した場所を記憶してるので大丈夫」帰還ボタンを押すとしばらくして自力で戻ってきた。
「なんとも賢い奴」他に言葉が見つからないのがアナログ脳の限界か。

木曜日の夜行バスでの帰り際に「また来るネ」は何よりの挨拶の言葉。充実した時間を過ごすことの楽しさはどんな脳も一緒なのでありますぜ。今回ドローンで撮影した映像はいずれホームページにアップしてくれるそうです。
お楽しみに。

2017.05.13 季節を感じたい

2017年05月13日

冷たい雪の下でも健気に育ち、虫刺されや漆にかぶれた時に薬草としても利用され、山菜として天ぷらなどで食される ユキノシタ が自宅の庭の片隅で毎年葉を広げます。ここは陽がほとんど当たることがなく、私が苔天国と呼んでいる場所であります。
ユキノシタ と名付けられてるようにまだ気温の低い早春に咲くイメージですが、我が家のこれは場所のお陰か初夏の頃まで姿が見られます。
風物詩や季節感といったものには植物や生き物が欠かせません。

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蝶たちの姿が見られるようになって二ヶ月余り。さして花が沢山あるわけでもない庭にもいろんな蝶たちが来ます。
ルナール は 博物誌 の中で蝶のことをこんな言葉で表現しています。
「二つ折りの恋文 愛の住所を探している」
あちゃー! 我が庭には愛の住所が無いので二つ折りの恋文はただ バタバタ ヒラヒラ してるだけではないか。すまんすまんと思ってるところに一匹のチョウがヨロヨロと舞い降りた。全然動かない。例外はあるけれど、蝶と蛾の簡単な見分け方として、とまった時に羽をたたむのが蝶であり、開いたままが蛾であるというのがあります。
そして蝶は羽を広げたり閉じたりするのにこの蝶はじっと閉じたままではないか?
よくよく見ると命が終わろうとしている。

私の中では ユキノシタ と 蝶 は決して同じ場面には登場しない。
なのに今朝は見ちゃった。ちょっとした違和感は無知なる所以であり、錆び付いた古い常識によるものではあるけれど、サツキの花が咲く頃に初ガツオ入荷のニュースだったのが今や桜が咲く前に店頭に並ぶというのは、やっぱり変な気がします。

世界でも数少ない四季を持つ国である日本がどうぞ二季になりませんように。

2017.04.06 間違いもあり損ない

2017年04月06日

覚え間違いというか、勘違いなのか、ご都合解釈であるかここでは問いませんが、最近まで堂々と口にしていた三点をお詫びとともに訂正致します。

1 メンソレターム が実は メンソレータム であったこと。
子供の時から言っていたので60年もの登録商標嘘公言の罪は?

2 ウマゴヤシ を レンゲ草だと思っていたこと。
歌の歌詞なのか、詩の一節だったのかも定かではないのにそう思い込んでいた。辞書によると豆科の越年生草木。原野に自生。肥料、牧草用。ミツバ もしくは クローバー とある。 これも50年にわたっての勘違いなれど発表する機会はほとんどなかったので、被害はないと信じたい。

3 ウエルシュコーギー ペンクローブ は ペンブロークだったこと。
自他ともに認める犬好きとしての罪は重い。なにせエリザベス女王が飼ってらっしゃる犬種ということで皇室好きの日本でも飼う人が増え、よく見かけるようになったのに。

以上三点につき慎んで ごめんなさい。

そこで話題を変えて責任の追及をはぐらかす策に出る。

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自宅の周りは、ご近所に住むSさんのおかげで一年を通して何かしらの花が咲き誇ります。特にこの時期は春爛漫という言葉のよく似合う景色が広がります。写真にはキャプションがあるとしたものですが、ちょっと賢くなったおじさんは敢えて名前を挙げません。間違いより知ったか振りの方がもっとまずかろうて。ということで色をお楽しみ下さい。
濃いピンク、淡いピンク、白、黄色。これは自信を持って断言します。

2017.03.25 もう一つの春

2017年03月25日

この時期日本中が桜の開花と満開花見頃のニュースばかりで、道すがらの桜ばかりに気を取られて危なく忘れるところだった。和紙や紙幣の原料であるミツマタの黄色い花も今が満開を迎えることを。
でもって今朝のこと自宅近くにあるミツマタを見に行った。例年は桜と競うように花を拡げるのに、今年は満開をだいぶ過ぎてしまっていた。花こそ落ちてはないけどご覧のようにちょっとくたびれた感じ。

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中国原産であるとか、全ての枝先が必ず三つに分かれるのでミツマタと名付けられたとか、一万円札はこのミツマタで作られているとか、もう少し話題の主役として取り上げられてもいいのになあとこの花を見るたび思う。
人は上を見上げる時には口が開くとしたものなので、空いっぱいに広がる桜を愛でる時にはひょっとするとアホ面になるやもしれぬ。ところが、ミツマタは低木なので誰もが思慮深い顔を保てるのであります。

吉野の千本桜ならぬどこかに千本ミツマタがあればちょっとしたもんだと思うんですが。
そしてご婦人方の黄色い声を張り上げての歓声はこの花に一番似つかわしい。

2017.03.23 災いは突然

2017年03月23日

最近自宅前の道路がきれいになりました。

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つぎはぎだらけのデコボコ舗装と路肩の雑草がいかにも田舎の道だぞとなってました。
夜間はタヌキにウサギ、稀にキツネやイノシシの姿を見かける集落の人達しか使用しない町道が10日 あまりの工事の後はご覧の通りで白線が眩しい。出来上がって二、三 日は「いやあ、なかなかのもんですなあ。振動はないし、路肩の白線は夜目にもくっきりと気持ちがいい」こう思っていた。

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ところが、一週間も過ぎたあたりから妙な違和感をおぼえてきた。
周りの田や藪に溶け込んでいたデコボコ道。トラクターが残していく水田の泥も景色の一部だった。完成後ひと月ほど経ちましたが、見慣れた風景がはっきりと分断されている。例えは悪いけど里山の中を高速道路が通った感じがする。そしてこのひと月動物たちの姿を全く見かけない。
国道の決まった場所でタヌキなどの礫死体を見るたび、道路が通るまでは彼らの生活道がここだったんだろうな、すまんすまんと思っていた。

それが身近にも出現した。便利な快適はいつも彼らの犠牲の上にある。
しかし、 野生の動物はタフなので今は新しい分断線に躊躇しているが、やがて以前のように横切って餌を探しに行くに違いない。一つ救いはこの道を走る車が少ないので、彼らの交通事故に遭う確率が低いということ。夜行性の諸君はヘッドライトに注意して、昼行性の君たち飛び出すな車は急に止まらない。
彼らの無事を祈るやせつ。

2017.03.10 春が見えてきたネ

2017年03月10日

最近の私が四季の中で一番待ち焦がれているのが春であります。
これには年齢が大いに関係している。即ち歳と共に寒さだけが増幅して感じるようになってきた為と思われる。ストーブの前やコタツの中で背中を丸めてブツブツ言うのが爺さんの正しい姿であるとすれば、まさに正統派がここに存在している。

そこで、厚顔のおじさんが春を色定義してみる。
なんといっても春には淡い色が似合っています。梅や桃が満開になるこの頃に線路脇やそこここで菜の花が春遠からじを知らせています。

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吹く風はまだまだ冷たいけれど、この柔らかな黄色がその後に控える桜を予感させる。景色がピンクに染まると何故かあんなに寒かった冬が意識の中から消えてしまう。

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電線に一羽の鳥が羽を休めている。シルエットなので特定はできないのだけれど、体をふくらませて北風の名残りを受け止めている。ダウンジャケットの効果や如何に?
冬鳥のジョウビタキの姿が見えなくなると、まもなくツバメが渡ってきます。そして初ガツオ、桜前線、タラノメ、コゴミ、ワラビ、イタドリ、タケノコ 。春告げ魚のサワラ。産卵の為に浅場に乗っ込むタイを桜鯛と呼ぶのも春だからこそ。
いやあ、楽しみですなあ。

冬の寒さに凍えていたご同輩、もう少しの辛抱ですぞ。

2017.02.16 エノキ

2017年02月16日

自宅の庭に大きなエノキ(榎)があります。
35年ほど前この地を終の住処とした時には直径が50cmほどの切り株でした。ところがどうだ今や高さ10mを越えようかという程育っちまった。秋には大量の落ち葉を生み出し、腰痛友の会の爺さんにとって実に生産性のない用事を構えてくれます。
庭の片隅に山と積んで燃やしますが、枯葉だけの燃えるスピードは想像を遥かに超えて早く、焼き芋も出来ぬほどあっという間に灰になっちまう。良いことといえば、住宅地では望むすべもない焚き火を咎める者のいないことか。なにせ田舎のことゆえ。

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榎は非常に硬い木でして小さい枝を切るにもひと汗かかにゃなりません。ところが木が燃える折には緑色の炎になります。薪ストーブをお持ちの方はどこかでこの榎を手に入れて下さい。綺麗ですぞ。

それはそうなんですが、葉の繁る夏には ヒオドシチョウ という蛾にも似たチョウの幼虫が大量発生します。このヒオドシチョウは榎に群生、幼虫は榎の葉を食べます。そして我が家の軒下のあらゆる所にぶら下がってサナギになります。羽化した後は中身のいないサナギが一列二列。これも又掃除しなければならず、昔に聞いた「庭に榎だけは植えてはいかんぞ」が身にしみている今日この頃であります。

2017.01.26 鳥好きの酉

2017年01月26日

酉を辞書でひいてみた。
1 干支の十番目 2 方角 3 時刻 (現在の午後六時頃) とある。

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何でそう思ったのか定かではないけど、酉 は ニワトリなんだと決めていた。今年頂いた年賀状の絵柄も圧倒的にニワトリが多かった。やっぱりみんなもニワトリで不思議を感じないとみえる。ところが広辞苑さえも鳥を特定してない。ということはカラスでもスズメでもコンドルでもあながち間違いではないということか。すべての鳥たちにとって今年は良い年でありますように。

レンブラント の カラス? 日本で見るカラスはこんなに尾羽が長くないので別の鳥かも。

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普段は部屋の棚の上に置いてある鳥の置物二体を野に放してみました。
やはり鳥は自然の中が似合う。こう思うんであります。

2017.01.21 時期外れの鮎のこと

2017年01月21日

あらゆる釣りに首を突っ込み、今ではどっぷり水の中。
喫茶渡世を歩んでいる土居邸がある いの町 には大河 仁淀川 が流れています。大手釣具メーカーのダイワが主催する鮎釣り大会が催されたりするほど鮎の魚影が濃い川なのですが、私は残念ながら何故かこの鮎釣りにはあまり縁がない。

友釣り(ともづり)という鮎の習性につけこんだ釣法がありますが、これに2回ほど連れていってもらったのが全てで、囮の鮎を上手に泳がせ縄張りを持っている先住の鮎が侵入者を追い払おうとアタック。ところがこの囮鮎の背後には針がありまして無残にも餌食となります。この友釣りは経験と知識の積み重ねが釣果を左右しますので、当然初心者には釣れる筈もなく、くたびれ果てた囮鮎だけが手元に残るありさま。
その後も機会は訪れず人様がかけた鮎を頂くだけだった。ところが最近お客様でもあるT君が鮎釣りを始めた。釣りの趣味を持たぬT君は誰にも教えをこわず、独自の釣り方で数多くの鮎を手にしています。

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昨日そのT君が「見て 見て!」と持ってきたものが写真の鮎。30cmを越えようかとするこの時期にサビのない立派な綺麗な鮎。
鮎は一年魚といって春に生まれ、秋に産卵を済ませると体が黒くなり、これを落ち鮎といって12月いっぱいくらいでシーズンが終わるとの認識だった。ましてやこの寒い時期に鮎釣り師の姿を川で見ることはなく、鮎は多分みんな死んじゃったと思っていました。

ところが伝統的鮎釣りの常識外に居るT君は誰もしない釣り方で釣ってくる。『何をしてもいい、ただし伝統をけがすものであってはならない』このわりと気に入ってる言葉の重みを大きな鮎を見てついぞ忘れそうになったことを白状いたします。

いかんいかん、針を付けずに竿を垂らしていた太公望への道は遥か彼方。
「釣れますか?などと文王そばに寄り」なる故事も色あせた。

2016.12.12 遅ればせの秋を感じるのこと。

2016年12月12日

夏頃に『いつの間に夏になったんだ。ぼやぼやしてると正月が来ちまうぞ』こう思い日々を大切にしようとしてたのに、気がつきゃ師走も半分が過ぎようとしている。芭蕉は 秋風が 吹けども青し 栗のイガ と詠んで季節の変わり目に心遊ばせた。
ところがどうだ俺としたことが。そりゃあ色々あった。雑用にも追われた。こんな時こそ自然に眼を向けなくちゃいけないのに。
ということで、大河「仁淀川」に架かる国道33号線が通る仁淀川大橋の夕景。
自宅と土居邸の往復に毎日二回は通ります。不思議だけどこの橋の両端に交差点があり、度々橋の上で信号待ちをせにゃならんのですが、そんな時にダンプなんぞが通ると上下に揺れることおびただしい。『ひえ~~~~~』となります。
造られてからかなりの年月が経っているので、きたる南海大地震には大丈夫だろか?地震起こった時にこの橋の上には居たくないぞ と 思っていました。ここまでは得意の楽観的推測で『俺の生存中には地震なんか起こらんもんね?もし起こってもこの橋が崩落するはずなんかないんだもんね』ところが最近、この橋の修理に携わった建築家にお聞きする機会がありました。
私『大丈夫ですよね』
自信に満ちた即答で「落ちます」秋風情のつもりが最後の写真になったりしませんように。

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気をとり直して自宅の前に広がっている初冬の田んぼ。
サギ達の落穂拾いの姿を見かけることもなくなりましたが、黄金色に輝く収穫前の稲穂の海と違って頑張った土たちがのんびり休息を取ってるようで、私の好きな景色です。

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毎年見事な紅葉で楽しませてくれる我が家のモミジ。
一週間ほど前は紅葉の色が悪く、今年は枯葉が木にくっついたような寂しい秋だなあと諦めていたのに、この数日の気温の低さが色を呼びました。例年ほどの鮮やかさには欠けるけど、取りあえずはモミジ。

いやあ、よかったよかった。

暖冬予報はどこ吹く風は冷たい北風にて、寒中お見舞い申し上げます。

2016.10.20 秋便り

2016年10月20日

朝晩涼しくなって秋を感じるようになりました。もう少しすると紅葉が山から平地へ降り始めます。
日本の秋はかなりカラフルです。黄色に茶色、そして多種の赤に常緑の緑が溶け合って「THE 秋」の風情になります。

そんなこの時期あちこちに セイタカアワダチソウ が見られますが、この黄色は日本の秋色ではない。こう思うんであります。キリンソウ などとちょっとよさげな名前で呼ばれ、空き地という空き地はこればっかりになってきました。以前はススキがそよいでいたのに。

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この外来種は非常に生命力と勢力が強く、周りの植物をすべて排除してしまいます。
そして最後は自分の毒素で栄華の消滅を迎えます。確かに最初は名前の通り背の高い群生ですが、何年かするとだんだん小さくなりいつの間にか姿を消します。そして別の場所で蔓延ります。自宅の隣りもカヤのたなびく空き地だったのですが、今年ついにお出ましになりました。やっぱりこいつは秋の色ではないし、形も控えめさに欠ける。
どうしてくれようかと鎌を研ぎながらふと目についたのがカラスウリの実。
『Oh やっぱりこの色じゃなくちゃ』ということで柿と一緒に撮ってみました。

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渋柿が木で熟成すると甘くなります。熟れすぎて地面に落ちた渋柿にアリが集まっている。
その他の甲虫達も食事に没頭している。
そういや セイタカアワダチソウ ではあまり虫の姿を見かけない。
空間がないのでクモも巣を張らない。ようするに虫好きおじさんにとっては実につまんない植物なのであります。よって駆除しましたが、この花に並々ならぬ愛着をお持ちの方にはお詫び申し上げます。

独断はススキ、偏見はカヤがあたり一面、風に身を任せろ! これぞニッポン。

2016.09.24 鮭の気持ち

2016年09月24日

高校の同級生であり、私のギターの師匠でもある千葉県在住のO氏は季節季節にいろんな物を送ってくれます。甘いものだったり、本だったり、CD だったりします。彼から荷物が届くといつもワクワクしながら開封します。

で、今回もお楽しみが到着。
開けてみますと、J1 柏レイソル の応援グッズの数々。
土佐ではサッカーよりも野球の情報や会話が圧倒的に多いし、我らの世代はまずサッカーの話をしません。巨人がどうやら、阪神はこうやら、四国リーグの高知ファイティングドッグスの今年の成績のことや、果ては職場早起き野球のことまでベースボール一色で、たまに相撲のことがちょいとあるだけ。
よく高知は日本から見放されつつあるなんて話題が持ち上がったりしますが、ことスポーツに関しては昭和がずっと続いている。

三年程前だったか 、このO氏宅で数日間食客になってた時のこと。
O家は三世代にわたって熱狂的な 柏レイソル ファン。それぞれが贔屓選手の背番号ユニフォームを身につけ自宅を出発するのだとか。幼稚園児の嬢ちゃん孫さえ選手名をスラスラ。事あるごとにレイソルの名を聞いてるうちに、なんだか私もずっとレイソルファンだったような気がしてき、現在は遠い空から応援してます。

前ふりが長 なったけど、今回はここからがメインテーマ。

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都会で暮らしていると、地方ではめったに見ることの出来ない催し物があります。今回の荷物に 星野道夫 の写真展のパンフレット と 入場券の半券 が入ってた。私が 星野道夫 をお気に入りであるかを知ってか知らずかは 定かではない けど、「どうだいいだろ 、俺は行ってたんだもんね」という気配が見えたね。
その半券の写真がこちら。

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鮭が産卵の為に河を遡上します。命がけで滝も登ります。
海から河へ入ると餌も摂らずにひたすら産卵場所をめざして上流へ。自然の摂理ではあるけれど、急流の落ち込みをジャンプした目の前にグリズリー。この瞬間の鮭の気持ちがすごく気になった。俺だったら『うわあああああああ』 としかないな。ちょっとだけクマが憎たらしくなった。

これは星野道夫が写真を通して伝えようとしている事とは違うけれど、思っちゃった。 救いは 、魚は痛みを感じないらしいということだけ。
今回は野生の個性から眼を逸らしちまった。

2016.09.19 チョウとおじさん

2016年09月19日

朝晩涼しくなってきました。
自宅はいの町から10km程西に位置する佐川町にありますが、その間に小さい峠が三つあります。車の移動では分かりませんが、バイクで帰宅するときにはこの峠を越えるたびに気温が低くなっていくのに気がつきます。
県下でも佐川町は山間部を除き平地の中ではかなり寒い所として名高い。
町内に霧生関(きりゅうぜき)という名の場所があるように、霧を発生させる寒暖の差が大きいということ。気温で生きている昆虫たちもいっきに姿が見えなくなりました。
ここでお断り。 土居邸便りが二回続けて彼岸花を取り上げましたが、決して 彼岸花が大好きである ということではありません。念のため。

話を戻して、ほんのちょっと寒さに強いアゲハチョウが最後の営みとして彼岸花の蜜を吸いに来た。一つの花での滞在時間は一秒ほどで、三つ四つの花には止まったけどヨタヨタどこかへ飛んで行った。
チョウ や ガ は十万倍に薄めても甘さを感じるらしいので、てんこ盛りになっている彼岸花は横浜の中華街みたいなもんかと思ったのに・・・・?
初めてこの花をじっと見た。花にはまったく疎いけれど、なんだかスカスカのように見える。蜜はなさそうに見える。

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ここで思い出した。彼岸花は毒があることを。球根は食べてはいけないことを。ただし花や茎もそうだったかは定かではありませんけど。
そうするとあのアゲハチョウは蜜を吸いにきたのではないかも。老チョウになると本能が薄れて危険察知能力が低下したのかも。くたびれたので休憩してただけかも。
ただのフェイントかも。まさかね!

ひょいとそんなことを思ったので。

2016.09.13 秋近し・・・か?

2016年09月13日

セミの声もツクツクボウシしか聞こえなくなり、いよいよ暑い夏のピークも過ぎ、あとはひと雨ごとに秋の気配が近寄ってくるこの時期は、なんとか生きながらえたと爺さんはホットします。
童謡に(五十過ぎのおじいさん)という歌詞があります。
そうか!昔は今ほど長生きは出来なかったのか。そういや芭蕉も五十を前に芭蕉翁と名乗っているし、信長は人生五十年と謳っている。ということで私もとっくに翁の仲間入り故、土佐の暑い熱い夏は命にかかわる。いやあ、よかったよかった。なんとか夏を乗り切ったではありませんか。

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自宅の裏手や畦道に彼岸花が咲き出しました。昨日まで気配も感じさせなかったのに今日は写真の通り。まさか1日でこうなるとは思えない。茎が伸び蕾が付いて花が咲く過程を見落としている。そしてこの目立つ紅い花が咲くと気がつく。
野の景色が落ち葉と彼岸花とススキの増える頃、 否応なしに脳が秋の準備をする。
ところがその中に一輪だけ夏スミレ見っけ。

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植物は食べられるか否かでしか判断しようとしてない翁もちょっと感傷的。『おまえ、頑張ったなあ』どうも小さい花に味方したい。ちなみに彼岸花は曼珠沙華とよばれたりしますが、この曼珠沙華は梵語で紅い花の意味だそうです。

無事に生きながらえた皆々様ご油断めされるな。このところ地球はご機嫌斜めであります。この後まだまだ暑い日がありそうですが、とりあえず残暑のお見舞い申し上げます。

秋風の 吹けども青し クリのイガ 芭蕉

2016.09.05 知らないことは・・・

2016年09月05日

下の写真は自宅にあるエゴの木の実です。
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秋には色も変わり地面が茶色の可愛い粒で埋め尽くされます。以前この実を食べてみたことがあります。
硬いけれど嚙み潰してみた。すざましい苦味が口いっぱいにひろがった。やっぱり食べれんかったかと吐き出した。そういやかなりの数の実をつけるのに鳥達がまったく食べには来ない。
こいつはヤバイかもしれんと苦みばしった顔で植物図鑑を見ると、エゴの実には毒があります、食べてはいけません。 とある。命に別状はなさそうだけれど、飲み込まなくてよかった、よかった。

犬は時々草を食べる。体内に入った毛をこの葉にからめて吐き出すらしい。雑草だろうとは思うけれど食べる葉はいつも決まっている。どんな味がするかと食べてみた。無味無臭で味もそっけもない。彼らは誰にも教えられないのに、仔犬の時からこの葉だけを食べていた。
現在は魚やキノコの毒はほとんど解明されていて、カラー写真付きで紹介されていますが毎年山菜の時期には勘違いなどで事故が起こっています。

最初にフグを食べた人や、毒キノコを食した人は凄いと思いつつ、自分の無知な好奇心でよく今まで無事だったなあと反省した。しかし知らないことが悪いことばかりでもないんです。

札幌の友人がイクラを送ってくれた。
大量のイクラを前に友人達に電話『イクラをどっさり貰った。各自ドンブリとメシを持って集合。豪勢にイクラ丼を食べようぜ』酒と醤油に1時間ほど漬け込み全員ニコニコしながらごはんよりイクラの方が多いイクラ丼を頬張りながら、「うわあ、口の中でイクラが逃げ回る。新鮮なイクラは美味いなあ。これかなり高いぜ」後日くだんのイクラの送り主に会った時に『この前はありがとう、あれすごく 高いんじゃないの?みんなとても喜んでいたよ」ところが「いやいや運賃の方が高かった」

ようするにこういう事。
鮭が産卵のために生まれた川に戻って来る。川に入って真水を飲むと産卵に備えて卵の皮が硬くなる。鮭が海にいる間の卵はもっと柔らかく美味しい。流通や製品としての諸事情から川に入った鮭の卵を我らはイクラと呼んでいるのだ。

食べてた時はやっぱり北海道の取れたては最高であると全員笑顔だった。あの至福の時間は無知故であったとしても忘れられない。やはり何かの時は動物達に教えをこうことにしよう。そうすると生き延びられるかも。

2016.09.01 秋はそこまで来てるか?

2016年09月01日

とある親子との会話。
『秋らしい空になってきましたねえ』
「そうですねえ」
ここで三十を越えた息子が「えっ、 どういうこと?」
母親と顔を見合わせため息をつく。

気温も30度を超えてるし、確かに空も青いんだけどやっぱり秋の空。
言葉ではうまく説明はできないけどそう感じる。

ここではたと気がついた。
自分達の子供時分には自然が周りに色濃く存在しており、今風の便利な物は皆無で雨や風が生活と密接に関わっていた。天気が子供の行動を支配していた。
これは必然的に空を見、雲を眺める習慣がつこうというもの。
与えられるものだけでは感性は育たないということか。

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便利な生活にどっぷり浸かった己を省みて三枚の写真。
バッタの色も秋模様。熟柿まではもう少し と 秋の空。
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稲刈りまで台風来るなよ。

2016.05.05 部屋からの眺め

2016年05月05日

釣り道具 と 本 でごったがえしている倉庫のような私の部屋を掃除した。
恵まれている方の10連休を始め、世はゴールデンウィークとやらですが、サービス業を渡世にしている哀れなマスターは4日の水曜日だけが休みです。これも定休日なのでが理由で連休とはまったく関係はなく、人様が遊び楽しんでいる時にみじめったらしく掃除なんかして、我を哀れんでみようと思った次第。

部屋に薫風を入れようとカーテンを開ける。まず目に入ったのが窓ガラスのヤモリ。それも内側に死体で。結構密閉度は高い部屋なのにまた何で?食べるものはいないぜ。外に出たくてその場所で餓死を選んだのか。ごめんね。

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まだ身体は柔らかく、もう少し早く気がついていれば・・・・・・で庭に埋葬。

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窓の外には隣家のこいのぼりが泳ぎ、子供達の声が風となって飛んで行きます。田にはぼつぼつ水が入ってあとは田植えを待つばかり。

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The 5月 の雰囲気のなか掃除しながら ある小説家の言った「精神に利息が付く」を頭から信じて『まあこれもいいとしたもんか』

2016.04.02 何故かみんながいつも同じ方向をみてるなあ

2016年04月02日

14年と8ヶ月を一緒に暮らした愛犬が老衰で旅立って7年になります。釣りにキャンプに、そして いの町を流れる仁淀川をカナディアンカヌーでの川下りといつも一緒でした。犬種はラブラドルレトリバー。名前はクーパー。

穏やかで決して吠えず、究極の平和主義者だった彼はどこへ連れて行こうと何の心配もいらない良き相棒でした。ただ一つだけであろう欠点をあげれば、食べ物にだけは全神経を注ぎ、絶対それを食べるぞオーラを撒き散らしてました。ようするにいやしい。
「こいつの脳みそは90%が食いモンのことだけに使ってるな」
犬には食べさせてはいけない物がありますが、それ以外で食べなかったものはたったひとつ梅干しだけでした。 クーパーと一度でも一緒に過ごした友人たちは彼を「食うパー」と呼んでました。

夏のキャンプはアブや蚊との闘いが定番で、人間と違って裸で過ごす犬にとってはテントだけが避難場所となります。でもってテントでつまんない顔のクーパー。

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冬のキャンプは人間の方が寒い。特にこの犬は極寒地方(カナダのラブラドル地方) の出身故、雪の上にも平気で座り、見てるだけで凍えそうな寒中水泳もなんのその。ただしテント内では動く暖房器具となる。誰かが何かを口にすると素早く寄ってきてご覧のとおり。貰うまで離れない。食うパー面目躍如たるや、タバコを咥えてにでもチラリと視線を送る。多分、食べ物をくれる人であればいかなる偏見も人種差別も持ち合わせてなかった。

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エッセイスト で カヌーイスト の野田知佑は ガク と名付けたこの犬を日本中の川下りそしてアラスカの川下りに同行させ、文章や写真で語っています。犬にとって、こんな飼い主と巡り会えた事は、まさに犬として 犬らしく一生を暮らせただろうと思わせるものがあります。

私も犬との生活の中ではこれをバイブルにして、海山川へ出かけました。やはり犬は自然の中が一番似合うし、ほんとに嬉しそうだった。そしてよく食べた。

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小学館 野田知佑
カヌー犬・ガク写真集 しあわせな日々 ¥1700+税

2016.03.30 何故かみんながいつも同じ方向をみてるなあ

2016年03月30日

最近いろんな事例に出会う度に思うことがあります。
この時期どちらを向いても桜のことばかりで、そちらは三分咲き、こちらは七分咲き、あそこはもうすぐ満開。そして花見、乾杯、花見。
確かに日本人にとっての桜は、 待ちかねていた春を実感させる誰もが愛する風物詩ではある。

若かりし頃は世間を斜めに見ることは大事なことでありますが、齢を重ねた現在寒さが身にしみ、誰よりも春を楽しみにしていたはずなのに世の 桜=春 だけには 妙にねじくれた (みんなと一緒はなんか腹たつ) が壁となって立ち塞がる。
そこで優雅に上を見上げて可愛いピンクの花を愛でている人達に背を向け、下を向いて地面にひっそり咲いている小さい花、それも黄色い花だけを取り上げる。
露骨な反骨心は賛同を得られず孤立し、いずれ消えゆくことになっている。
しかし、「こちとら、先はそう長くないので消えゆくは望むところヨ」
てなヤケを言いつつの三枚の写真。

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この中で名前の分かっているのは並んで咲いている ヤマブキ だけで、あとは名も知らぬのに黄色いというだけで今回味方にしちまった。

ここいらへんが爺さんのすごいところで、三年前に頂いたご長寿手帳は【無理を通せば道理が引っ込む印籠】と思っているのであります。
でもね、この時期に降る雨を穀雨と言うそうで、あらゆる植物たちに平等な恵を与えています。桜が散ってしまった後で構いませんので、道端に咲いているこんな小さな花にも春を感じていただけたらと思った次第です。

2016.02.29 ちょっと思った事

2016年02月29日

その昔、親父はよくTV のニュースばかり見ていた。
基本的に当時の子供にチャンネル権などは無く、一番面白くない番組がニュースだったのであります。しかし昭和30年~40年頃の日本にはガキが父親に文句など言える環境は整備されてなく、舌打ちさえ許されず、ただただ時間の過ぎるのを黙って待っていた。でもって月日は随分と流れ、最近はニュースを見る事も多いのですが、どのチャンネルもどの時間帯も似たような構成と映像で、朝昼晩と全く同じ食事が出てくる様な気がします。そしてそれが何日も続いたりする。「国民なめとんのか!」

そこで何か面白そうなものはないかなとインターネットで検索しているとこんな記事が。
「ニホンカワウソ」は日本固有種であった。
2012に絶滅種扱いになったので、悲しいけれど過去形もやむを得ず。写真は1979年に高知県須崎市の新荘川(しんじょうがわ)で 鍋島昭一 さんによって撮影された最後のニホンカワウソ。その後目撃例が全く無く件の通りとあいなった。

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今回やはり高知県大月町で1977に捕獲された後に剥製となっている個体の前脚の肉球を0.01g削り取り、DNA 鑑定の結果、今まで中国、韓国、ロシア に生息するユーラシアカワウソの亜種だと思われていたニホンカワウソが日本固有種であった。130万年ほど前にユーラシアカワウソから分化し、その後日本で独自に進化したと結論付けられた。とある。

ここでおじさんは思った。
絶滅にはいろんな理由があるけれど、それは横へ置いといて。日本最後の目撃地が高知県だということは、それだけ自然が豊かであるということ。野生動物が住める環境が数多く残っているということじゃんか。日本中が都会を目指し、どこもが都会化が進んで負の遺産を大量に生み出している昨今、もし日本で田舎県が高知県だけになったら、みんな高知に住みたいと言うぜ。

かの マルクス がこう言っている。
『彼らは役に立つものだけを生産したいと思っているが、役に立つものを作り過ぎると、その結果、役立たずの人間をよけい作るのを忘れている』

マルクスはよく知らんけど、この言葉には賛成の旗をあげる。

2016.02.09 南の島に雪が降ったぜ

2016年02月09日

今朝のTVのニュースに札幌の映像が流れ、それを見ていた家族が言うのに「札幌はこんなに雪が降るんだね」
これは 1cmほどの東京の降雪を世紀の大事件のように報道するを見て、大都会では雪は降らないんじゃないかという勘違いによるもの。確かに土佐では「ちょっと強い雨が降りゆう」状態でもお江戸は大騒ぎ。溝からほんの少し水が溢れると東京沈没のようなレポーターの悲鳴。
台風のすざましい風さえ土佐ではニュースにもならないのに、傘をさせているのに「立っているのも難しいほどの強風です」と言うおかしさ。いつもそれを見ながら笑っていた。「アホか!」

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天に向かって唾を吐くとひどい目にあうぞ、というのは昔からいわれている。さる1月19日の朝のこと。目がさめるとこうなっていました。

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2枚は自宅付近。 1枚は土居邸。

自宅があるのは佐川町という所で、居を構えて34年になりますが20cm以上の積雪は初めてのこと。家から車が出られない。もちろん雪かきの道具は持ってない。
ところが県道までの100mほどは住民総出で除雪。農家からはトラクターが出動。踏み固めて通行可にしちゃった。小学生は臨時休校になったので、雪合戦にカマクラ造り。そこら中に雪ダルマ。なのに県内ニュースは高知市は3cm。山間部で10cmほどの積雪でしょう。それだけ。自然災害に打ちのめされ続けた実力?はほっといても溶けちまう雪なんてのはなんぼのもんじゃいレベルか?

昼前にヨロヨロと土居邸に出勤。庭の雪景色を見て、「本日のお客様はラッキーじゃんか」とワクワク。ちょっと考えれば分かりそうなもんだけど、こんな日には誰も出歩かないし、電話もかかってこない。震えながらストーブの前で午後を過ごしました。

後に聞いた話ですが当日、県内のスリップ事故は過去最高だったそうな。でもこれも全然ニュースにはならなかったなあ。
その後誰もこの大雪を話題にはなさらない。喉元過ぎれば冷たさ忘れる 南国土佐人 ここにあり。・・・・・か?

2016.01.28 俺の旅はどこの辺り?

2016年01月28日

渡り鳥達は南から北から と 避暑や越冬の為に日本に姿を見せます。 その中にこんな話を耳にしたことがあります。日本海を渡ってくる鳥達が木の枝を一本くわえて 大陸を出発する。途中疲れ果てると波間で休息を取る。その時にこの枝が浮力の助けとなる。到着した新潟の海岸には用済みになった無数の枝が落ちている。そして帰る折には又この枝をくわえて飛び立つ。海岸に残された枝の数が、日本で命を落とし、帰ることの出来なかった鳥達の数である。というもの。
この話には、ん? という部分もありますが、鳥大好きおじさんにとっては作り話としては片ずけられないものがあります。

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アラスカでは倒木を ナースログ と呼ぶ。
大量の酸素を作り続けた後に倒れ、朽ち果ててゆく過程に菌や苔を育て、虫を呼び、これを追っての小動物や鳥類。そして大型捕食動物への食物連鎖が自然を助けているということでナースログ。
一旦山火事が起これば、どこかの国のようにいくらいくらの金銭的被害でしか判断できないのとは違って、火事によって土地に恵みが与えられ、悪いものが無くなり、新しい命の芽生えを歓迎するという自然観。スギやヒノキだけの山は虫も飛ばない。
でもって今回の 堀田 幸生 さんの個展。海岸に打ち上げられた流木に材を取っての旅のあれこれ。

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写真の電線に並んでいるのはスズメですが、秋が近づきツバメが国に帰る頃にはこの電線に集まってから 出発します。堀田さんの並んだ小鳥達に重ねました。フナクイムシに何かを与えて穴だらけになり、漂流中は渡り鳥達の休息の場としての旅が終わり、あとは誰にも知られることなく消えてゆく木々達に最後の舞台を。

小さな個展でしたが、受け取ったものはとても大きいものでした。

2016.01.04 年末なのに

2016年01月04日

昨年の年末も土居邸定休日に合わせて帰省するお江戸在住の若い友人が、ニタニタしながら29日に顔を出した。
「おんちゃん、明日の水曜日から休むでしょ」
『 やっぱり行くのか?』
ということで宿毛(すくも)のとある堤防へ。早朝4時に出発、暗いうちに到着。夜明けを車の中で待つ。明るくなるのを待ちかねて水際へ。なんと一面 霧 キリ 霧 で水面が見えない。ということはウキも見えない。

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みなさん掃除をしたり、お正月の準備をしている中、遊び呆けようとしている二人はちょっと後ろめたく、顔を見合わせたがお互い何もいわない。撒き餌を作ったり、仕掛けを用意しながらも海から目を離さない。太陽が姿を見せれば霧は晴れるのだけれど、霧の出現は気温と水温の差があるということ。今年は暖冬の影響でこの時期でもグレ(メジナ)の活性が良くなる水温が19度より高いかもしれない。ここで水温計の出番なのに今日は忘れてる。もし釣れなかったらの言い訳ができない。

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ということがありながらも釣り開始。それでもあまり大きくはないが、グレやチヌ(黒鯛)をかなり釣った。
昼食を取ってる時にイソヒヨドリ(?)が餌に使っているオキアミを狙って寄ってくる。お年玉のつもりでパラパラと投げると素早く口にしどこかへ。しばらくするとまた姿を見せる。
『オキアミはカロリーが高いので あんまり食ってると太って飛べなくなるぞ』
てなことを言いながら思った。
イソヒヨドリが普段何を食べているかは知りませんが、漁港辺りで暮らしているとオキアミが主食になっているやもしれません。彼らは努力せずに餌にありつけるを最良と考えているので、これはちょっとまずいことをしている。野生の生き物にエサを与えてはいけません。分かってたつもりだったのに、反省。

2015の釣りはこうして終わりました。2016はいったいどこで釣り糸を垂れているか 。楽しみじゃあ。

といってもこの土佐便りは年明けて作成しました。

2015.12.19 開高健トリビュート

2015年12月19日

1989年12月 58歳 で作家の開高健(かいこう たけし)が亡くなり、この12月で没後26年になります。人生の後半は世界中を釣り歩き、その経験が見事なエッセイとなって残されています。釣りを通して森羅万象を語り、とめどなく溢れ出る言葉は本職の漁師以外、おおよそ万人にとって趣味であるはずの釣りを何か崇高なものへと変えてくれた。
サントリーの前身である寿屋の宣伝部に在籍中に残した数々の名コピーは、現在でも稀有なレベルにあります。

「人間」らしくやりたいナ
トリスを飲んで「人間」らしくやりたいナ
「人間」なんだからナ

夜、來たる。 オレ、寝る。 寝酒(トリス)飲む。 眼、とける

上記の二点は トリス ウイスキー の新聞広告のコピーのほんの一部です。
柳原良平のイラストと共に伝説にさえなっています。

さて、私も釣りを趣味とするようになり、周りの友人達に一から教わり、あらゆる種類の釣りに手を染め、足を踏み入れ、今では全身がどっぷり。そのなかで彼のエッセイに出会い、それまでハードウエア主体だった釣りのスタイルが変わっていった。ソフトウエアの重要さに気づかされ、自然を見つめる眼が違ってきた。

わが仁淀川の河口にて、ルアーでスズキを釣り始めたころのこと。夜討ち朝駆けに徹して通う、投げる、ひたすら巻く。数ヶ月まったく釣れん。その時に眼にした彼の言葉。(川のなかの一本の杭と化したが、絶域の水の冷たさに声もだせない。芸術は忍耐を要求する。)未熟故釣れないことを忘れ、川のなかで立ちすくむことが孤高な行為に思えた。

キャッチ&リリース や キャッチ&イート に対するいろんな意見。口に傷を負った魚は餌が獲れず生きられない。放すことだけが・・・・・。釣った魚は全部食べるのが・・・・・。食べない釣りは・・・・・などなど。
結論を出せなかった時に彼の言葉。
(釣り上げると魚と河とは縁が切れてしまいます。リリースするとその河はあなたのなかで永遠に流れる。思い出だけで美味い酒が呑めるのです)

釣りのあらゆる場面にいろんな言葉を残し、その言葉は今も私の中を流れている。その中で一番好きなものを。(かくして 魚のいのちは終わった。 釣り人もやがては死ぬ。しかし 河は眠らない)

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(左) 文藝春秋  開高健  写真 青柳陽一 『河は眠らない』 ¥1714+税
(中)文藝春秋 開高健全ノンフィクション 『河は眠らない』 ¥2500(税込)
(右) 文藝春秋 VHS ビデオバージョン 『河は眠らない』 ¥2800(税込)

私の宝物です。

2015.12.14 虫を無視しないで下さい なんちゃって

2015年12月14日

高校の同級生で親友で私のギターの師匠で千葉で暮らしているO氏。メールの中では、私は彼のことを大兄と呼び、彼は私のことを御大と呼びます。お互い薬に生かされつつ、爺さんの領域に片足を踏み入れた大兄と御大は何も変化のない近況報告にどっちが体調の不具合が多いか や そしてなんともアホらしいだけの無駄話の応酬に、笑う話、笑えない話、果ては凍えるしかないオヤジギャグ満載のやり取りをしています。

そのO氏がこんな本を送ってくれた。普段の会話に虫のことをいろいろ織り混ぜる私が絶対喜ぶであろうと。養老孟司、丸山宗利、中瀬悠太、 三氏による虫のことだけの対談集。全編一度も聞いたことがない虫のことだらけ。ところがめちゃくちゃ面白い。この三氏それぞれに専門は違うのですが、昆虫を通して自然界への愛溢れる洞察は人間にまで及ぶ。

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光文社 「昆虫はもっとすごいぞ」 光文社新書 ¥800+税
丸山宗利 養老孟司 中瀬悠太

私のような唯の虫好きとは桁違いの幅と深さの内容ですが、 読みながら 「俺は虫好きでほんとに良かった」とつくづく思う。ミイデラゴミムシ は小さな体内で化学変化をおこし、摂氏100度の強烈なオナラをするが、この仕組みを応用すればエネルギー分野に何か大改革があるかも。ゴキブリと聞けば拒否反応を示すひとが多いけど、99%のゴキブリは森で暮らしている。オーストラリアのマルゴキブリの一種に乳を飲ませるものがいる。やはりオーストラリアだけれどカメムシが産んだ卵の世話をし、孵化すると草の実や植物の種を運んできて幼虫に食べさせる。

本来昆虫にも世界共通の学名(ラテン語で表す)というものがあって、私たちが呼んでる アカトンボ や カブトムシ は 和名なのです。これは明治維新のとき、日本は「科学は日本語でやる」という前提を置いたため。だから、コル(ラテン語) や ハート(英語) を使わず「 心臓 」という全く別の日本語をあてはめた。ヨーロッパ や アメリカではよほど有名で身近なものでないと虫に名前はついてない。例:ドイツでは鳴く虫はすべて一括してグリレと呼ぶ。
メクラチビゴミムシは表現が差別的であるから変えろという意見があるとか。イザリウオ(魚類)は2007年に カエルアンコウに改名したとか。コンビニの明るい光が日本全国の昆虫の生態系に悪影響を及ぼしているとか。 人間は一万年前に農業を始めたが、昆虫は八千万年前にはもう農業をしてたとか。てな話が満載なのです。

対談集というのは、おおよそ交互に質問と回答で進んで行くし、読者を意識して編集されているものです。ところがこの三人は大好きな虫のことだけを自由に語り、三人だけが心から楽しんでいる様子が実に好ましい。自分が楽しくなければ人を楽しませられない、このことがよく分かる物に仕上がっています。 虫好きにはたまらんけど、そうでない人にも読んでもらいたい。

2015.11.29 わざわざ 踏み切りへ

2015年11月29日

自宅から土居邸までおおよそ10km。ほとんどを国道33号線を通ります。その間押しボタン式信号が6カ所。通常の信号機交差点が7カ所あります。ただしこれも午後9時をすぎればいくつかは黄色の点滅交差点に変わります。以前、東京の友人たちがこの道を通った折に言うことにゃ
「おい井上、国道なのにまったく信号がないな」
「あのなあ、こんなにいっぱいあるじゃないか」
いつもはうっとうしく思ってるのについ張り合ってしまった。

都会には生活道路に開かずの踏み切りがそちこちにあって、不便さや事故が取り沙汰されています。最近、高知駅付近は鉄道が高架となり、踏み切りが無くなりました。それはそれですごく便利なんだけど景色としてはなんとも味気ない。

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今朝はほんのちょっと遠回りになるけど行ってみました裏道の踏み切り。丁度遮断機が下りていましたが通りがかった車は私だけ。2時間に3本ほどの運行が土讃線なれば『なんと運のいい』ということで写真。9時頃にもかかわらず一両編成、そして数人の乗客。一両なのに編成というのはおかしいけど土佐ではそう言う。数人だけど 『結構乗ってるな』土佐ではこう言う。

ここには待ってる時間の楽しさと、懐かしい景色があります。

2015.11.16 玩具であるか、それとも?

2015年11月16日

のっけから私物のことで申し訳ありませんが、写真のキーホルダーは三十数年前にあるアウトドアメーカーの何がしかを買った時に貰った物で、親から見捨てられた鍵っ子のごとく7個もの鍵の総重量はかなりの重さにもかかわらず、これも重い真鍮製のキーホルダーをわざわざ付けているのは、ひょっと落とした時に大きな音がするであろうということと、ちょっとお気に入りであるということです。

世の男性諸氏、いやいや私の交遊範囲だけに限定されるやもしれませんが、すり減ったよれよれのシャツ、確かに名品ではあるけど使いにくい古いリール、どこでいつ壊れてもおかしくないバイク、折れたナイフ、雨の日には履けぬ穴あき靴、その他 ただ好きであるということが何にもまして優先する物たちを使い続け、それをかっこいい生き様であると無理やり思い込んでいる。実情は金銭的貧困にもかかわらずなのにですぞ。

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ご多分にもれず私もその一人であります。そしてこのキーホルダーがそうなのです。これは道具の一つとして社会的にも認められている物ですから黙認されていました。ウロコも爪も付いたワニの手。ウサギの足、淡水魚最大であるピラルクの靴ベラほどもあるウロコ、楊枝くらいの子蛇がとぐろを巻いたままのミイラ。
宝物というほどのものでないことは承知していましたし、友人たちの中でもこれを眼にした者は少なく、あまり人様の前に披露するものではないと心得、開けるな! と書いた箱に一緒に入れておりました。

その箱が突然姿を消した。
家人を問い詰めたが知らぬ存ぜぬ。証拠がない。疑わしくは罰せずの法律は私に重くのしかかり、結果として泣き寝入り。
塀に穴があいてる。覗くな! という貼り紙があるとほとんどの人が覗くらしい。現在、想像がほとんど確信になってはいますが、私がたった一つおかしたミスは 開けるな! と書いたことだったか。
愚か者は声高く、賢者は沈黙を守る。身にしーみーたー。

2015.11.04 若い友、遠方より来る。顔ほころぶ

2015年11月04日

10年ほど前、Y君がK大学の3回生の時に初めて会った。
こんな青年がいるなら日本もまだまだ大丈夫と思った長身の好漢。彼は山口県の出身ですが 、高知での4年間は彼にとって土佐が第二の故郷となった。現在広島にて家庭を持ち、子供に恵まれ、仕事をしています。
先日電話があり、「連休が取れたので僕だけですが高知に帰ります」彼が高知を離れる時に「ときどき井上さんちに行っていいですか?」
『おお、いつでもいいぞ。ただし一つだけ条件がある。ただいまって言えよ」 で、今回「ただいまあ」と帰ってきました。
『どう過ごした い?』
「釣りに行きたい」
『まかせなさい』
普段は早寝の爺さんも、大人の顔つきになったY君と夜遅くまであーだのこーだの。次の日早朝4時に出発、一路宿毛(すくも)へ。遊ぶ前の睡眠不足はなんともない。爺さん元気発剌、眠たい目の青年に『さあ、行こうかい』
土佐佐賀辺りで太平洋の向こうに朝日が昇る。天気良好風はなし。グレよ待たせたな。途中釣り餌と飲み物を買ってひたすら目的地へ。一刻も早く着きたいのだけれど指示速度をひたすら守って (嘘です)西へ西へ。
Y君、釣りをするのは10年ぶり。今日だけはヘボ釣り師も師匠づらが出来るというもんだぜ。

仕掛けを作り、ドヤ顔でレクチャー。そして第一投。ウキがピクリとも動かない。二投 、三投、刺し餌を変え、四投。ウキを変え、五投。深さを変え、六投。なんも釣れん。数少ない知識と経験をそう動員してなんとか釣らせたい。師匠、顔がだんだん強張る。
15分ほどして小さいけれど最初の一匹。多分釣った本人よりも私の方がずっと喜んだ。その後はサイズも上がり、数も重ねて大騒ぎ。

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写真は高知では エバ と呼ぶ ギンガメアジ の仔。初めて見たとのこと。Y君、中小取り混ぜて20匹ほどのグレと三匹のエバ、スズメダイを釣って昼に納竿。夕方には高知駅より出発するバスで広島へ帰らにゃならんので彼は昼飯も食べずに、10年を取り戻そうとひたすら頑張って釣っていた。
初心者が一生懸命の姿は、 " 何ごとも結局は死ぬまでの時間つぶし "と言った哲学者は寂しい人生だったろうなと思わせるものがあります。

宿毛から高知駅まで帰りの車中は今日の釣りのこと、仕事のこと、家族のこと、少し将来のこと、そして過去のこと。切れ目のない盛りだくさん。

カフカは 主人公ザムザが虫になる「変身」のなかで「あまり早起きすると人間バカになる」と言わせていますが、今日の我らは違う。
小さく 短時間だったけれど 旅は成就しました。

2015.11.02 アカメのこと

2015年11月02日

釣り仲間が起こす風に乗り、この情報は私の耳にも届いていました。
幻の魚と呼ばれている「アカメ」
数いる我が釣り友の中では私と、私の釣りの師匠の奥様だけがアカメを手に取る栄誉に恵まれ、この魚に関する話の主導権を握っています。この釣った者と、釣ってない者との差はあまりにも大きく、二人は会うたび「二人だけでアカメの話をしようぜ」この時周りの釣り人達は敵意に満ちた目をしながらも沈黙せざるをえず、 彼らの心の内の声『なんでまたあのへたくそな二人にだけ』も 『こういうのをビギナーズラックって言うんだぜ』も 『ちくしょう』 も 『いつか俺だってもっと大きなやつを」も 余裕と寛大さ溢れる上から目線で遠くを見る。

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『おのれ』とばかり、我 らをギャフンと言わせようと持ってきたのがこの新聞記事。
138cm 38kg の勇姿は二人の釣ったアカメとは桁違いの大きさ。小学生とプロレスラーほど違う。記事によると日本記録らしい。
ところが不思議なもので、この新聞を見せられた時思ったことは、ギャフンどころか「結構いいサイズじゃないかご同輩。これで君も我らの仲間入りできましたなあ」だったのであります。何故か嬉しさ感は微塵も減らなかったのであります。
これがへたくそ故のものなのか、それ以外のものなのかは分かりませんが、私の中のアカメは決して色あせない。20年経った今でも赤い目は赤いままで何度ともなく蘇ります。

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開高健 のノンフィクション「河は眠らない」は全編釣りに関するエッセイですが、私の釣りのそれぞれに、いろんな印象やインパクトや精神風景を与えて貰い、より釣りを楽しめるようになった一冊です。

その中にこんな言葉が。
人間性について、他人のことは分かるが自分のことは分からないという永遠の鉄則がある。

くだんのアカメの一件はこれで納得するとしよう。

2015.10.01 天高く馬もおじさんも肥える秋

2015年10月01日

昨年は10月になっても暑い日が続き、秋の気配を感じないまま冬になっちまった。去年のことなのにそんなあやふやな記憶だけがあります。
今年は本来の秋がありそうで誠に喜ばしい。

ただし、寄る年波はあちこちに影響を及ぼし、味覚は甘さだけが増幅されて残り、気温 には暑いも寒いも季節にかかわらず打ちのめされ、ケガは治りにくいのにヒゲと眉毛の伸びるのは早い。腕や足は細くなった代わりに腹は太くなる。体重は若い時と同じなのに。

考えてみるに、 ・・・・・のに・・・・・である。 というのが増えてきた。
あらゆることを歳に責任を取らせる、俺のせいじゃないんだもんね。これでは犯罪者が凶器に半分罪をかぶってもらうのと同じではないか。

これではいかん。庭の草むしりでもしよう。どうしてそう思ったのかはよく分からんけど思っちゃった。でもって庭を見ると ひっつき虫 がそこここに生えているではないか。

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これは犬との散歩から帰ってくると、犬にも私にも大量のひっつき虫。野っ原にあるのはしょうがないとして、庭にあってはいかんだろ。ということで駆除。若いうちはトゲも柔らかく、触ってもひっつかず、枯れる前に気がついて良かった 良かった。

子供の頃から ひっつき虫 と呼んで好ましくない物の一つでしたが、本名は オナモミ といって、厚生省の絶滅危惧種に指定されています。
ところが現在日本では外来種のオオオナモミが大暴れしているとかで、誰にでも何にでもひっついているらしい。 我が庭のそれがどちらかは分かりませんが、退治した後に思うことは
是非オオオナモミであってほしい。といっても、もし在来種のオナモミだとしても育てて、慈しむかどうかは自信がありません。

ガキの時分、これを集め団子にして戦争ごっこの大いなる武器だった記憶だけが鮮明に残っている。当時は当然全部オナモミだったんでしょうね。彼岸花が終わると、この夏スミレの花が眼にとまります。切り花にしても結構長持ちしますので重宝しています。

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今回は秋ということなので、似合わないけど 花とおじさん で言ってみました。

2015.09.28 スズメ

2015年09月28日

普段見慣れた景色は、例えば桜が咲いた や 紅葉が始まるといった変化が起きると眼にとまりますが、ほとんどは眼もただ通り過ぎます。

それは生き物とて同じでハト、カラス、そしてスズメは景色の一部となってあまり気にもとめません。特にスズメは結構集団で行動しているのでいつも団体様お通り。 イワシのように大群でいることが、個々の危険を少しでも減らす弱者故の生き残る知恵がスズメにも備わっていると思われます。

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ところが屋根の上に一羽のスズメ。同じ場所でじっと動かない。具合でも悪いのかとよく見てみると確かに周りに注意を払っている。時々上空にも眼を向けている。これは上空から襲う猛禽類に対してだろうと納得するが、目立つ屋根の上で、場所を動かず、それもたった一羽だけで。

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カメラを向けるとさっと振り向きこちらを凝視、害はなさそうと判断したのか元の姿勢に戻る。シャッターを切ると首だけチラッとこちらへ。かなりの距離だしシャッター音も極〃小さいのに聞こえている。鳥類の眼は非常に優れていますが、耳もかなりいいのが分かった。

鷹の類は2000mの上空から、地上にいる10cmほどのネズミが動くのを判別できますが、人間の眼は2000mも離れると自動車がこちらへ向かっているかバックしているかはある程度時間を必要とします。ところが人間の眼の感度はきわめていい。空気の澄んだ闇夜だと、山の上から80kmも先のマッチの火を見ることができるらしい。

てなことをあれこれ考えていると、なにかしらの結論に達したのか飛んでった。数分だけどスズメをじっくり見た。いちじるしく生産性には欠けるけど結構楽しめた。明日のこと何を思い煩うや という生活態度。水準は低いかもしれないが満足の度合いは・・・・・・ これだな。

雀の子 そこのけ そこのけ お馬が通る  一茶

2015.09.14 いまさら

2015年09月14日

このところの素晴らしい医学の進歩ではありますが、 ドクター曰く「物を捨てられない症候群の治療薬は現在ありません。しかしあなたが死んだ時に棺に入れる物の一覧表は作っておいてください。それが遺された方々に対する礼儀でありましょう」

ドクター 遠い眼をして再び曰く 「井上さん遺書を書きなさい。それがこの病を少しでも軽くするたった一つの処方かもしれません」

最近は若い時から遺書を書くのが流行っているそうで、自分の生活を見直すきっかけとなるらしい。遺書なんぞは余命を宣告されたら書くもんだと考えていたので、ドクターに言われてちょっとだけ「なるほど」と思った。
そこで古い雑誌を引っ張り出し、整理を始めようとしたら目にとまったのが1981年 12月号 の スクランブル カーマガジン の表紙。TOYOTA 2000GT の文字。 ペラペラめくってみると この車の写真。

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1965年10月に東京モーターショーにお目見えした後、1967年に市販開始。当時トヨタの高級車クラウンが 81万4000円で売られていたのにこの2000GT は なんと238万円。そして私は貧乏な19歳。家賃3000円のアパート暮らし。
欲しいという気持ちさえ起こらない程、高嶺の花よりずっと高いしろもの。ところが YAMAHA(ヤマハ) がこの車の製作に大いに関わったことを知り、ヤマハが車作ればいいのにと思った抜群のスタイルと性能。いまだにこの車を超える物は作れないトヨタをはじめ各メーカー。50年も前にこんな車が作れたのにねえ。

技術的には様々な優良機能満載の現代車ではありますが、少なくとも私の車好き感性にはさざ波さえ起こらない。昔は良かったなどと言うつもりもないですし、今の方がずっと良いことが沢山あるのに何故か遡りたい。これが爺さんの楽しく生きる道かなと思いつつ、LEDにも感謝しつつも「一灯を かきたて かきたて 闇夜を行く」こんな言葉に良さを感じるのであります。
ほんとは物を捨てられない症候群を治療しようとしたのにこの始末。ただこんな俳句は病人に希望を与えてくれます。
# 風邪ひいて 卵酒のむ 薬剤師
# 百薬を 飲み過ぎ万病で 入院中
# カロリーを 説く保健婦も 太り過ぎ

あはは!

2015.08.27 堀田バードは木にとまったままで翔んでいる

2015年08月27日

開店以来 土居邸で羽を休めている多くの鳥たちは 堀田幸生 さんの作品です。
いわれのある木、ない木、捨てられる木、燃やされる木、朽ち果てる木達が鳥に姿を変えて命を吹き込まれています。理由があってその場所で寿命を全う出来なかった木々達だけを使っています。

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土居邸で「これは何という鳥ですか?」 というお客様の問いには『あなたが思っている鳥です」と お答えしますが、これは堀田さんの意向であり、私の大好きなスタンスでもあります。どんな鳥でもみんな可愛いし、たぶん木々たちと一番仲の良いのは鳥でしょうから。

その堀田さんが香我美(かがみ)図書館で個展をというので行ってきました。個展の回数を重ねる度に新しい表現を目にするドキドキ感。見たことも、聞いたこともない木の鳥たちに会えるワクワク感。

鳥だけに進化という言葉がぴったりですが、どれも根底にあるものは木々が主人公なんだぞ。鳥たちは代弁者なんだぞ。だけどこの鳥たちが堀田幸生だぞ。という空気感は大自然の中に身を置くように感じられます。

そして 帰りの車の中でバックミラーに映る美しい瞳になった自分に気がつきます。

2015.08.10 追憶は年寄りの特権であるか?

2015年08月10日

昨日や一昨日の事は結構あやふやな事が多いけど、昔のことならそれはそれは鮮明に蘇ってくる。物置にホコリまみれの紙箱。開けてみると野球のユニフォームと帽子。そして町内野球大会の優勝盾が出てきた。30年振りのご対面。

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私の周りには 釣り師、猟師、サーファー 、キャンパー てな連中ばかり。ある日突然 なりゆきで野球の練習試合をすることになった。本格的に野球なんかしたことのない者ばかりが集まりプレイボール。一回表、左バッターが打ったあと一塁へ走ったのを見た次の右打者のT君。
打ったあと三塁めがけて駆け出した。敵も味方もあっけにとられた。
「おまえ、野球やったことないのか?」
『キャッチボールさえ一度もしたことない。左バッターがあっちに走ったので右バッターはこっちに走ると思って』
全員が這いまわって笑った。我がチーム、志願ピッチャーなのにとにかく球がめちゃくちゃ遅い。
「おい!投げる時にビュッと言え。キャッチャーは受ける時にズバンと言え」一球ごとにビュッ ~~~~~~~~~ ズバン。
敵は笑って打てない。勝っちまった。

団体競技で勝つ経験のない者ばかりは心の中で何かが切れた。野球チーム作ろう。そうだそうしよう。そうしよう。で、このユニフォーム。メジャーリーグのピッツバーグパイレーツと同じ。ホット ドッグス という名前は、創立メンバーの大方が野球より場外乱闘を得意とする御仁ばかりで、キチガイ犬 という意味のあるHOT DOGS に満場一致で決定。

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それでも数年後たった一回だけ優勝したら、全員興味を失って解散。みんな山や海や川へ戻っていった。
そしてその後、誰からも野球の話題は出ないし、しようともしない。気の迷いだった経験はあまり心に残らない。

今度会ったら「おい、あの時のユニフォームまだ持ってるか?」聞いてみようと思っています。

2015.08.08 毎日暑いことで

2015年08月08日

どちら様も 猛暑中お見舞い申し上げます。

私の友人達がお江戸で凱風社(がいふうしゃ)という出版社をしています。達 といったのは 二人だけの出版社だからであります。
凱風 というのは 南風のことなのですが、創立以来南風が一度も吹くことはなく常に北風に晒され続けたのであります。

一応肩書きは社長のO氏とは中学以来の朋友であり、編集長らしきN氏とは大学時代からの付き合いで、凱風社の変遷や人の出入りを夏には陰から、冬にはコタツの中から見てきました。彼らにとっては私が見ていようと、見守っていようと別段気に留めるほどのものではなく、O氏曰く「井上、おまえはちゃんと社会を見ているのか?
へらへらと人生を送っているとぐだぐだ死ぬことになるぞ」とのお叱りを会うたびに受け40年になります。

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その編集長が写真のR25というフリーペーパーを送ってくれます。
これはお江戸の地下鉄だけに置いてあるものだそうで、出勤途中にみつければ送ってくれます。リクルートが作っているもので、思うに「こんなものがタダなんだ」地下鉄は外の景色が見えませんので手に取る人の多さ故か。乗る駅で入手、車中で読み、降りる駅で捨てる。

暮らしている人の多さがこんな商売を成り立たせています。東京、千葉、神奈川、埼玉、で二千万人以上の 人がいます。 いったいどれだけの眼に触れるかの宣伝媒体は広告料収益だけ経営の最たるもの。高知を含め大都会を持たぬ地方では望む術もありません。

がんばれ 「ホットこうち」 がんばれ「季刊 土佐」

2015.07.16 元気な爺さんになりたくて

2015年07月16日

二十代は時速20kmで、四十代は時速40kmで人生を走っている。らしい。
ということは、私は時速70kmに近い速度で駆けているということになるので、最近何もないところで転びそうになるのもしょうがない。そして1日はあっという間にすぎてしまうため、うかうか寝てられない。

そんな訳で年寄りは朝が早い。ニワトリよりも早く目が覚める。することがないので玄関先で朝刊が来るのをじっと待っている。新聞だって隅から隅まで二回は読める。医者がいうところの「朝、コップ一杯の水が長生きの秘訣」そこで、一杯は健康のため。もう一杯は薬を飲むため。

ここでおもむろに庭に出てみる。三枚の写真は目に入るいつもの風景。

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高さ20メートルほどの裏山と、その斜面に咲く黄色。今年は色が悪いアジサイもほとんど終り。紅葉するまであまり気に留めないモミジ。
ところが先日、ある旅番組で京都のとある場所の緑のモミジ街道の放送を目にした後に思うことは「緑色のモミジもなかなかのもんですなあ」

人間が一歩前進すると自然は二歩後退する という有名な言葉があるけれど、今朝に限り、おまけに我が身に無理やり当てはめて言いますと、私が一歩前進したのに自然はそのまま。
こういうことになるんではないかと。

人と物の出会いには、いつも何かしら奇運としかいいようのないものがあるので、スマホしか友達のいない疲れた若者には優しくするとしようか。

2015.07.09 アオスジアゲハ

2015年07月09日

先日より我が家の庭に写真の アオスジアゲハ が集まりだした。多い時は10匹ほどが地面にとまる。

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この蝶は道路に出来た水たまりや、山肌から水が染み出している場所でよく見かけます。 つらつら思い出すに 、 その昔昆虫採集少年になり始めの頃。あれはチョウ、それはトンボ、これは虫 という名前でしか呼べない頃。この アオスジアゲハ が最初に覚えた名の昆虫だったのであります。
動きは他のチョウと比べてもけた違いに早く、捕まえにくい。そしてまったく見たまんまで、誰が名付けてもこの名前になるだろの【アオスジ アゲハ】ガキにも印象深かったと思われます。

その後、新しい虫を見かけたり、捕まえるたびに図鑑と首っ引き。
そして、金緑色に輝く タマムシ を手にした時の感動は、ずっとのちに法隆寺の玉虫の厨子の前で、いったい何千匹の玉虫たちが犠牲になってこの厨子が出来上がったんかいなと消えてしまったこと。
ハンミョウ というきれいな虫が道を歩く人の前を、さも道案内のように 移動する後ろをいつまでも追いかけたこと。結果は日暮れて道遠し。普段は思い出すことがほとんどないけれど、アオスジアゲハ が私の身体の中に時代があることを教えてくれた。

そして自分の記憶をちょっとは整理できる

2015.06.30 やっぱり犬が好き

2015年06月30日

子供の頃からあらゆる生き物 (ゴキブリ と ムカデ は除く) に興味を持ち、ジュウシマツ と ハツカネズミ を鳥カゴで一緒に飼ったり(結構仲良く暮らす)、楊枝ほどの子ヘビを筆箱の中で鉛筆サイズ頃まで育てたり(母親に見つかる前に逃がした)、雑魚の中でもピカイチのクチボソ(モツゴの異名あり)を指を鳴らせば、エサを頂戴とばかり水面に浮き上がってくるほど仲良くなったりしてた。

二十代、三十代前半は諸事情(興味が別のものに移る)で、動物園、本、TV が生き物達との接点になっていました。三十代半ばに土佐に居を移し、ひょんな事から我が家に犬が来ました。その後25年に及ぶ4匹の犬は、アン、ブッチ、クーパー、チビ という名。それぞれに楽しい思い出が山ほどありますが、その中でもクーパー がラブラドルレトリバー という犬種の持つ穏やかで優しい性格が、あらゆる場所への同行を可能にしたため、キャンプ、釣り、カヌーでの川下りにはいつも一緒でした。

現在、彼らは思い出話の中にしか登場しませんが、写真を見るたび、一緒に行った場所へ行くたび、嬉しそうに走る姿や、惰眠をむさぼる無防備な寝顔を思い出します。冬の山中でのテントの中で人間より体温の高い犬が横にいるというのは、なんだかほのぼのしたものです。

あらゆる動物の中で人と一番長い付き合いの犬についての本はたくさんあります。写真の二冊は題名に惹かれて手に入れたものですが、犬好きにとって全編 「そうだ、そうだ、そのとおりだ」とうなずきながら読んだ本です。

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[犬だからこう考える] 1200円
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[犬たちの隠された生活] 1600円

東京書籍   沼田洋一 著
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草思社 エリザベス M トーマス 著
村瀬康央 画
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深町眞理子 訳

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クーパー の子犬の時と大人の時の同じ目付き
犬がこの目付きをする時は要注意。良からぬことをした後か、している最中のことが多い。

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友人の飼っていたゴールデンレトリーバーのお嬢さんとのツーショット

お互い気に入っていたようですが、犬種が違うために恋を成就させませんでした。犬自身は血統なんてものは知らないのにね。 昔は雑種と呼ばれ一段下に見られたけれど、今はミックスと呼んでいろんな犬種の交配 を見聞きするたび、血統を作り、守り続けた先人たちはどんな気持ちでいるか聞いてみたくなります。

人は皆兄弟。ということらしいので、犬もみんな兄弟・・・・・か?

2015.06.22 浮かれてやっちゃた事

2015年06月22日

30年ほど前のこと、突然 丸太小屋を作ろうと思い立った。
当時日本では丸太小屋には建築許可がおりませんでした。

お国の禁止する理由は火事になれば家ごとキャンプファイヤーじゃんか。
そこでログビルダー(丸太小屋を建てる大工)が丸太小屋を建てて火をつけた。物が燃えるには酸素が必要です。丸太の表面は燃えて炭になりますが、この炭が防護壁となってそれより奥への酸素の供給を許さず、表面だけが焦げただけの結果をお役所がご覧になり建築許可が下りたのであます。

それまで棚も作ったことがないのにいきなり家を建てよう。暴挙などという言葉ではてぬるい。ここいらが若さの所以でまずは丸太の調達。とにかく思い立ったので情報収集。すると直径25cmほどの杉の間伐材が一本100円で売ってくれるとのこと。

友達のK君を頼み一緒に山の中へ、切り倒されている間伐材のよさそうな物を120本選んで4m程に切り索道(空中ケーブル)で道路まで。その費用は日本酒が二本。 当然特級酒。これをトラックで我が家まで。その運搬費 45,000円。材木代 12,000円。〆て57,000円 +酒2本。
車庫に積み上げ1年ほど乾燥させ、いよいよ杉の皮を剥がす作業に取り掛かる。

ログハウス用語は皮を剥がすことをピーリングと言い、専門の道具がありますが、にわか大工は鎌で代用。休日を全部あてて三ヶ月で完了。ところが、我が家の近くに製材所があり、皮を剥がした30cmほどのきれいでまっすぐな 丸太が 〆ての金額よりもっと安い値段で売っている。「・・・・・・・・・」努力を神様はきっと見てらっしゃる。
神様「見てるだけ~~~ だもんね」

チェーンソー、のみ、その他どうしても必要な道具を揃えていよいよ開始。このどうしても必要な物のNo.1とNo.2が写真の本です。
何の知識も経験も持ち合わせてないので、あらゆることが思考錯誤のオンパレード。最初は作業するより本を見てる時間がはるかに多く、チェーンソーも怖々ではちっともはかどらない。しかし、習うより慣れろとはよく言ったもので、1年ほど経つと腕も効率も上がって少しづつ建物らしくなってきた。といっても建築確認がいらぬ6帖ほどの大きさなので、ログハウスというより小さい丸太小屋。

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山と渓谷社 ダン ミルン 三浦亮三郎 共著■■■■山と渓谷社 藤門 弘 本山賢司 イラスト
ログハウスのつくり方 ¥1,300■■■■■■■■ハンドメイド ハウス ¥1,300

丸太を購入してから8年目、屋根を葺き終え、丸太と丸太の空いた隙間に漆喰をつめ、いよいよドアと窓を作ればとりあえず完成か!
ところが喜びに浸っている時に大事件勃発。シロアリ登場。下段の三本ほどの丸太にはガソリンスタンドで貰った廃油を塗ったのに、シロアリにとっては程よいスパイスであったのかと愕然としたが後の祭り。

ここで傷にカラシを塗りこめるよりもっと決定的な家族のひとこと。『母屋にシロアリ来たら許さんで』泣きながら全部壊し、薪にしていく冬もストーブで燃やしました。チェーンソーも大活躍でした。

誰が見ても素人が作ったとしか思えんようないびつな未完成の小屋ではありましたが、我が胸の中では雑誌に載ってるような ログハウスとなって
何度ともなく蘇ります。まあ個人の記憶というのは時とともにどんどん美しくなっていく。しかし記憶は個人の持ち物であり、いかなる人にも介入を許しませんのでしょうがない。とてもとても濃い思い出となっているのであります。

2015.05.31 羽

2015年05月31日

一枚の大きな羽を拾いました。
この大きさはトビであろうとは思いましたが、ひょっとすると ワシ、タカ 類かもしれん。もし そうだったらかなり嬉しい。

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ということで,以前この欄で紹介した「実物大 野鳥の羽」で調べてみました。先にワシやタカを探してみる。大きさは オオタカ や イヌワシ に匹敵しますが模様が違う。 少しがっかりしながら トビ を見る。本に載っているトビの模様とはちょっと違う。気分は小喜び。

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しかしだ、パンダ や シマウマ だって全員が寸分違わぬ柄であるはずもなく、鳥類は個体差が羽に現れるのであろうと暫定的に トビ としました。

鳥類の羽は 尾羽 風切羽 体羽 雨覆羽 など種類があります。今回の拾った羽は尾羽のようで、次は風切羽が落ちていることを願うが切であります。

一枚の羽を前に、ある人の言った『想像がほとんど確信になる時』を味わった今日はいい日かもしれません。

2015.05.25 身体に悪い?

2015年05月25日

おじさんは気を悪くしているのだ。
最近は公共の場所での喫煙がほとんど出来ません。煙のこもる車両の中はもちろん、駅 や 飛行場、場所によっては道路でさえ禁止されています。

ここで思うのは。
吸わない方より多額の税金を払っている。健康を害し早死にする。不始末で焼け死ぬ。エトセトラ、エトセトラ。
年寄りが増えてお国が困っているのに、合法的に人減らしが出来る。なのに、なのにこの極悪人のような愛煙家へのいろんな仕打ち。おじさんは気を悪くしているのだ。

その昔、と言っても終戦時のことであります。サングラス姿のマッカーサー元帥が飛行機のタラップからパイプをくわえて降りてきた。トウモロコシの芯で作った コーンパイプ。もちろん サングラス は かの レイバン。
伊達の盛りはチンバ(びっこ)ひく。これはまさしく若い頃には自分がいいと思ったら真似をする。社会的にはおかしくともネ。
そういう若気の至りを表した言葉なのですが、買ったねレイバンにコーンパイプ。後日鏡を見てやめました。「ぜんぜん似合わん」

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写真のカンはブランデーを染み込ませているパイプ用の葉が入っていたもの。そして現在吸っているタバコ。

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アルミのケースでの一本売りはジャマイカの高級(?) 葉巻。これは頂いたもの。シュワルツネッガーしか似合わん。
禁煙をせねばとは思いつつ、禁煙のストレスがかえって身体に悪く、楽しい爺さんになれぬのではないかと燻らす。

そして煙と共に冷たい視線がまとわりつくのであります。

2015.05.18 箱

2015年05月18日

地球自体を資源と考えてみると、かなり大きいとはいえ有限には変わりなく、化石燃料を含めいずれは枯渇してしまう。人間がどんなに努力をしても作れないものを消費し続けている。まあ、このての話には警鐘を鳴らし続けていると、いずれ地球の隅々まで鐘の音が届く・・・・・はずだ。

そこで、この鐘の音をちゃんと聴けてるかどうか確かめてみた。私の子供の頃はビニール袋の代わりとしては紙袋しかなく、現在のようにプラケースに入っている物はほとんど紙箱で売られていた。

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物を捨てられない症候群患者にとって、この箱を捨てられない。中身はとっくにお役目を終えているのに、箱を見るとそれを手に入れた当時が蘇ってくる。顔がにやけてしまう。ところがさきの鐘の音によると、小さくちぎって生ゴミと一緒に捨てても、 ゴミ処理場で燃やすために酸素を使う。植物達が作った酸素を、植物達が作った紙を燃やすために使う。恩を仇で返すってえのはこのことじゃねえか。
こいつは困った。

三島由紀夫が残した言葉に崇高なものが現代では無力で、滑稽なものにだけ野蛮な力がある。

こいつは参った。で、無理やり落とし所を作りました。今年の冬、薪のかわりにストーブで燃やすことにした。少しでも灯油と木の消費を減らせる・・・・・ 人は何か一つ得ると 何か一つ失う。暖をとるためだけに一体どれほどのものを失くそうとするのか。たぶん暖かいはずなのに、こごえた顔になりそうです。

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未練がましくリールやナイフの箱が写真です。

2015.05.15 竹、竹、竹、 竹が生え。

2015年05月15日

エジソンが電球を発明するにあたって、フィラメントの材質にトンキンバンブー(竹)を試したなんて話が竹の評価をかなり上げました。そして孟宗竹はタケノコだし、パンダの食事は竹だし、ホウキやカゴなどの竹細工に七夕の笹とくりゃあ 竹 は人類のつよ~い味方のような気がします。ところが山で仕事をしている人は 竹 を完全に邪魔者と言います。そして最近山々に竹が増えて困っているとも言います。

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竹の成長はすざましく、24時間で1m伸びる物もあるとかで、無責任にも砂漠化している土地に 竹 植えたらいいじゃんかなどと考えていると、我が家の庭に突然竹が10本ほど生えてきた。近くに竹藪があるでも無し、なんで?
生え始めは細く柔らかいので鎌で全部切っちゃった。次の日の朝にはもう3本出てる。一晩で70cmほど伸びてる。「このことかあ!」 で鎌と一緒の証拠写真。

我が身に降りかかって真実を知ることとなった。例のバイブルには【今日は今日にて悩みは終われり】とあるらしいがかの国には 竹 がないのでこの言葉もありましょう。
そこでちょっときどって申しますと、 根本的な疑い が 竹であり、絶対的な味方 が 鎌 ということになります。

なんちゃって。

2015.05.07 釣行

2015年05月07日

若い友人が連休に帰省しました。
「おんちゃん、休みは?」
「6日の水曜日」
「釣りに連れてって」

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ということで宿毛(すくも)のとある場所へ。堤防からグレ(めじな)狙いで行ってみました。ほんの小さいグレで始まり、25cmほどサイズが混じり始め そろそろ大物の予感。二人の期待はふくらみつつも相手より先におおきなグレを釣りたいと集中してウキを見つめる。それまで頻繁にあった小物のアタリが途絶え、いよいよ大きなグレが近寄ってきたなとわくわく。

ところが目の前に水中から突然頭を現したのは写真のウミウ。魚を追って水中を縦横無尽に泳ぎ廻る。せっかく撒き餌をして寄せていたのにこいつは!おのれどうしてくれようか。怒りの視線は殺気となってウミウへ。慌ててバタバタとちょっと離れた場所まで飛んで行き、養殖生け簀のブイの上で濡れた羽を乾かし始めた。

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そんな時爺さんが自転車で通りかかり「ウ を追っ払わないと釣れんぞ」
そんなこと分かっとるわ。でも「ありがとう。そうする」年寄りには優しくせにゃネ。
ウ は結構長い時間潜っていられるし、一回の移動距離も数十メートル。我が釣り場は魚のいない海になっちまった。改めて最初からグレを集めることになり、その後は人生経験のないタバコサイズのこっぱグレばかり、そして納竿の時刻。

帰りの車中の話題は『あいつが来なければ絶対大きなのが釣れてたのに」
ヘボは常に釣れないのを何かのせいにして次回に希望をつなぐ。
そしてヘボのまま人生を終える。

2015.04.27 悲しい言葉 絶滅

2015年04月27日

箱の中に気になった新聞の切り抜きを入れてあります。
時々引っ張り出して読んでみると、10年前に現在を見事に見据えて警鐘を鳴らしていたり、ああこの年にはこんな事が起こっていたのか、と 結構面白い。
その中に2012年8月29日の高知新聞一面に「ニホンカワウソ絶滅種に」がありました。生物は一種族の絶滅ということを、誰にも知られることのない寡黙のうちに遂げるものですが、利便性の追求が自然界には悪影響しか及ぼさないという結果が動植物には顕著に表れます。

学名を エクトピステス ミグラトリス という美しく小さなハトがアメリカに雲のごとく棲息していたのですが、ほぼ100年で絶滅した。このハトの最後の一羽が息絶えた日時、つまり人間の犯行の日と時間と場所がはっきり分かっています。1914年 9月14日 午後1時 シンシナティ の 動物園

絶滅危惧種 や 絶滅種 の本を幾つか持っていますが、 今回その中で選んだものはネコ科の動物の中で一番触ってみたいのがこのトラだというのが理由。

密林の奥深くで生態調査をした著者に敬意を払いつつも、私が野生のトラに触れることのできるのは一生のうちにたった一回のみ、自分が餌になる時しかないのであります。 まあ、くたびれた爺さんではあまり美味くはないでしょうけどネ。

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滅びゆく森の王者 インドトラの行動と生態
チャールズ マクドゥーガル 著
小原秀雄 訳 早川書房 1800円
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高知新聞 2012年 8月29日付

2015.04.16 春に思う

2015年04月16日

この時期自宅の庭はあらゆる植物が先を争って伸びます。
園芸家にとっては雑草としか呼ばないでしょうが、私にとっては見慣れたバッタ天国がそこにあります。

野草図鑑 の 毒植物の欄によると キンポウゲ & キツネノボタン は可憐な小さ黄色の花を付け、生育量は多くあらゆる所でみかけるが、全草に毒があり食べてはいけません。 とある。

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でもって庭に目を向けると ある ある。そこら中にある。写真を撮りながら気がついた。ひらひらと蝶が飛んでいる。この黄色い花を無視している。羽を休めはするが蜜を吸わない。
「お~っ?」しばらく見ていたがやはり吸わない。

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味覚の優れた人は砂糖水を200倍に薄めても甘さを感じるらしいが、蝶たちは20万倍に薄めてもわかるそうです。甘さの中に潜む危険を知っているのかと感心しつつここで納得。この黄色い花が何なのか知らないのに、ほんとに蜜を吸わないのか確かめてないのに。 1を聞いて10を知ったつもりで先へ進み、のちに大恥をかく。

昆虫学者は最後まで観察するでしょうが、高校の数学の教師に赤点テストを前にして「お前の前途は暗澹たるものだ」と言わしめた理数系脳を持ち合わせぬ悲しさ。将来は獣医になりたかったのに農獣医学部の扉をたたくことさえ許されなかったなれの果てはこんなもん。

どなたか本当のことをご存知ならば教えてください。

2015.04.13 バンダナって

2015年04月13日

西部劇に登場するカーボーイの必須アイテムはテンガロンハット に バンダナ と 拳銃 です。
この特徴的な帽子は10(テン)ガロンという名が示すように陽射しを避ける為だけではなく、バケツ代わりとして水を汲むのにも使います。
バンダナは当然タオルとしての役目と、土ぼこりを吸い込まぬためのマスクにもなります。たまにですが、銀行強盗をする時の必需品でもあります。

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早撃ちガンマンは別として、牛を追って西部を旅するカーボーイ達の拳銃は、落馬した時に足がアブミに引っ掛かり外れないまま馬に引きずられ、命に危険が及んだ場合にのみ馬を射殺する為に持っています。そして腰の横ではなく腹の前に据えています。これはおおむね仰向けに引きずられるため抜きやすいためだそうです。

現在の日本ではアウトドアにお似合いさ ということで犬とお揃いで首にバンダナ。
ちょっと恥ずかしいんだけど、私も持っております。30年ほど前にアシックスが「タラスブルバ」というアウトドア専門ブランドを立ち上げました。良い品質にリーズナブルな値段はファンも多かった。ウエアなどは残っていませんが、バンダナだけは今も使っています。
三枚もこれぞアウトドアてな絵柄で重宝してます。

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最後が日本手拭いなんだけど選ぶものはやっぱりこれか。売る側はよっくお分かりでして、むざむざとのっちまった。ところが見てるだけで結構楽しいんだなこれが。

2015.03.29 聞いた話ですがキジのこと

2015年03月29日

今朝のこと。いい天気。遊ぶに最適の花の土曜日。しかし哀れなマスターは喫茶稼業へと我が家を出る。200mほど走ったところの田の中に動く物あり。よっく見るとこれが雉子。こちらを見てる。

やり過ごし車を停めてカメラを構えると彼はゆっくり歩き出した。藪まで数メートル。なんとか一枚だけシャッターを押せた。その写真がこれです。

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狩猟をする友人が言うことにゃ、鳥の中でもキジは性格が極めて 強く場所によっては猟犬をも威嚇するとのこと。
この場所がどこなのかを聞き漏らしているので、今朝の遭遇には当てはまらないとは思いますが、確かに逃げ出しているのではない。悠然と胸をはって歩いて行く。そして藪の中へと消えた。

鳥たちや野生の小動物たちは我が身が危険と感じるや否や、 脱兎のごとく駆け出します。決して振り返りません。
その伝でいうと確かにキジは違う。余裕が見え隠れする。野生の個性なのか、別のものなのかは分かりませんが、なぜかハードボイルドを感じてしまった。

しかし ハードボイルド の 定義は「どうにもならない絶望的な状況を、ただただ心意気だけで乗り越えること 」とあるのでちょっと違うか。

ともあれ朝からキジに出会うってのは、結構いい日かもしれません。

2015.03.24 ミツマタ

2015年03月24日

和紙の原料に楮(こうぞ)とミツマタがあります。
ミツマタは早春に淡い黄色の花をつけますので庭木としてあちこちで見かけます。ソメイヨシノの開花ニュースが日本中を駆け巡る頃にはミツマタの花は終わりを迎えます。

我が家の近くに小さい一本の桜とミツマタが並んであります。日本人にとって桜は特別な感情で愛でられているため、桜前線の北上と共にこの一ヶ月ほどはさくら、サクラ、桜 。二分咲き、五分咲き、八分咲き、満開。散りゆく桜の花びらにまで私情や詩情を込めますが、葉桜になりそしてその後は?ところがミツマタの花は桜が散ったのちにも花が残っている。

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上が桜 下がミツマタ

吉野の千本桜を管理している御仁の言葉。『一週間のために三百日あまりの世話には誰も眼をむけません』
西行法師 が「願わくは 花の下にて 春しなむ そのきさらぎの 望月のころ」こう詠い、そのとおりに入寂したのですが、この花は桜のことです。

御多分に洩れず、さくら大好き爺さんが今日はミツマタを見かけてちょっと思った次第。

2015.03.20 宵の明星

2015年03月20日

私は 喫茶稼業を終えると西に向かって車で帰宅するのですが、日暮れが少しづつ遅くなってゆくこの時期、空の色は時間と共に青が濃くなっていきます。
国道をはずれてから自宅までの3kmほどは、あまり灯りのない山すそを通ります。遅い時間には タヌキ や イタチ に ハクビシン をよく見かけます。野生動物達の毛並みは思うよりもはるかに美しく輝いているし、動きの素早さとなめらかさは「Oh !」としか言葉がでない。
ただし、タヌキだけはこの限りではない。彼らはいつも太っていて もこもこ 動きます。

昨日は少し早い時間だったので彼らの姿はなく、正面に金星を見ながらの帰宅になりました。
全天で一番明るい星はオリオン座の近くにあるシリウスですが、これより明るく見えるのは金星以外になく、決して高く輝くことのないこの惑星は朝、東に見えるときには「明けの明星」日暮れに西で光っているのは「宵の明星」と呼ばれ親しまれています。
宅地造成という魔の免罪符は日本をどこまでも明るくしつつあるので,私はほんの少し幸せかもしれません。

片棒をかつぎながら言う台詞ではねえな。
ともあれ 「宵の明星」をどうぞ。

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2015.03.12 釣りに行けない釣り師の独り言

2015年03月12日

一生幸せでいたかったら釣りを覚えなさい。
この言葉を信じ込みそうしてはいるのですが、ヘボ釣り師には幸せな時間よりそうでない方が圧倒的に多い。

長年使い続けた釣り上げた魚をすくう玉網が壊れた。少しは上達しているんではないかとちょっといいものを手に入れた。ところが今までにすくったものといえば、海に落ちたタオルと帽子だけ。それだけ。

ヘボはみんな言う。
  「この新しい竿にしてから何も釣れん」
  「あそこのコンビニでおにぎり買うと全然釣れん」
  「あいつが一緒だと全く釣れん」
  「魚の定休日に違いない」
  「もう絶滅したんじゃないか」
ところが一つだけ分かったことがあるのです。雨が降った次の日は風が吹くのです。
火曜日は一日中雨が降りまして、私の定休日である翌日の水曜日は大風が吹きすさび、やっぱりなあと自宅にて早い雲の空を見る。

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我が家には エノキ、エゴの木、そして隣の畑に柿の木があります。三本とも葉を落とし寒々とした景色の筈なのに、下から見上げるとなんと空がとってもよく見えるではありませんか。なんだか精神にちょっと利息が付いたような。

ということで三枚の写真は、順に 柿の木、エノキ、エゴの木 であります。

2015.03.05 春は来ています

2015年03月05日

自宅から土居邸までの道すがら、あちこちに梅や桃の花。肌に感じる気温は冬のそれですが、眼に映る景色はもはや春。
自宅の庭のサクランボも花をつけました。そして隣の畑にある梅は満開になり、あとはウグイスを待つばかり。

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写真を撮りながらふと目に止まった小さく細いネギもよう。アサツキ か ノビル かが分からない。
アサツキは葉の断面が丸く、球根はラッキョウ姿。ノビルは三日月の断面 の葉に丸い球根。

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そんでもって掘ってみました。ア サ ツ キ でした。
この球根に味噌を付けて食べるのは自然をいただく感があるので、もう少し大きくなったらそうしようと思った今朝のこと。

牧野富太郎博士が「雑草なんて草はない。どんな物にも名前がある 」と怒った話や、「雑草を軽蔑する人には牛は飼えない」という言葉を枯れ草の中でそっと伸びているアサツキを見て思い出すのだけれど、タラの芽、コゴミ、ゼンマイ、ワラビ、イタドリ、そしてタケノコが食卓にお目見えし始めると,感傷脳よりも胃袋が主導権を握る。

こんな春には爺さんが寒い冬をなんとか越せたなあと。
そして後に来る大好きな夏を見据えるのであります。

2015.03.02 ジェラシックパーク

2015年03月02日

私にとってビルの谷間に夕陽が沈む情景にはゴジラが不可欠でして、おおよそ60年ほど前の幼稚園時分に映画の「ゴジラ」をばあちゃんに連れて行ってもらい、泣くほど怖い思いで見た記憶はトラウマと化して現在に至ります。山や海に沈む夕陽には何故か感傷らしきものは感じますので、田舎暮らしが長くなった昨今はゴジラもほとんど登場しません。

スピルバーグが監督をした「ジュラシックパーク」が公開されたあたりから恐竜展やら恐竜イベントが各地で催され、恐竜ブームが日本中を駆け抜けました。当然恐竜研究者や恐竜オタクも見に行きます。
この本の著者も数回行ったそうで、ティラノサウルス レックス が登場する場面に心躍らせたそうです。それは T レックス が身体を地面と平行にして走る姿に感動したそうです。

それまでの復元骨格はゴジラのように直立二足が定番でした。ところが最近は発掘されたおおよそ90パーセントの骨格や尻尾の長さから、直立二足は無理だろうの見解が主流の中スピルバーグの T レックス は最新情報のそれであった。

そしてこの本にはゴジラもあの長い尻尾では直立二足歩行は不可能と結論づけています。そしてヒトが恐竜に興味をしめすのは、我々の祖先である原始哺乳類が恐竜に追いかけられた恐怖が遺伝子の中に組み込まれ、今なお恐竜に対して畏敬の念を感じるのではないかとも言っております。

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「スー」と名付けられた T レックス の頭骨

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ハヤカワ文庫 「覇者 恐竜の進化戦略」 金子隆一 ¥520

2015.02.26 タックル

2015年02月26日

写真のナイフを我が国では多徳ナイフと呼びます。

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大小のナイフに缶切り、栓抜き、キリなどが小さいセットになっています。第二次大戦中に戦場で壊れた無線機をこのナイフで直し、打電して英国軍を勝利に導いた時にチャーチルはこのナイフを偉大な戦士と呼んだ。

ところがグアム島の密林で終戦を知らずに長い間一人で暮らした横井庄一氏が発見され、帰国してからの取材の中でこのナイフがあれば随分と助けになったんではないかと見せた時の答え。
こねくり回したのちに「出来の悪い大工の集り」

確かにキャンプ中に首からぶら下げておけば、いろんなシーンで役にはたちますが、本格的な作業にはサイズの小ささと耐久性が不満になります。

ただこんなタックル(小道具)を「無口だけれど表情豊かな親友といったところ」「信頼の置ける相棒」 という方もおいでますのはなんとなく嬉しいものですな。

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写真の水筒は布の部分を濡らしておけば気化熱で入れてある水の温度が上がらないというものですが、ちょっと大きいのがやはり持ち運びには邪魔になるので使ってはおりませんな。

こうして物がひたすら増えていくのであります。

2014.12.11 寒到来

2014年12月11日

自宅から土居邸へ至る10kmほどの国道33号線の道すがら、ほぼ同じ場所で年数回の狸の轢死体を見かけます。
その度に「どうぞ子だぬきを待たせている母親ではありませんように」と思います。そして道路が動物達の生息権を分断するまでは彼らの生活通り道であった場所であろうと考え胸が痛みます。

はちみつ1ポンド(453g)のためにミツバチは200万もの花から蜜を採取しますが、パンに塗るためにすくったひと匙のはちみつの価値には誰も思いを馳せません。
人間は動物に比べて変化が大きい。200万年前の人間の祖先は現代にタイムスリップしてもタヌキを見誤らない。しかしあらゆる人種を問わず自分の子孫とは信じないだろう程の変わりようは環境さえも劇的に変えちまった。いつも犠牲は何も変わってない彼らだけ。

そしてこんな言葉に拍手を送りたい。
猿は人間に一番近い動物であるというのは誤りである。人間はあらゆる動物の中でもっとも猿に近い。

軒下で命を全うしたトンボを見かけた。ホッとした。その昔、寒い冬には本を燃やそうと誰かが言ったとあります。

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これには両手を挙げての賛成はしかねるのですが、カヌーイストの野田知佑はアラスカの荒野で薪がなくなり、開高健の本を一ページずつ破りそれを燃やして飯を炊いた。
開高は「俺の本で飯を炊きよったんやでえ」と嬉しそうに言ったそうな。

皆様。暖かくしてご自愛の程を。

2014.11.28 晩秋に思う

2014年11月28日

山のキノコに精通している友人がいます。

彼に聞けばどんなキノコでも食べられるか否かが即座に分かりますが、シロートは「このキノコ初めて見るけど虫が食ってるんで多分大丈夫」てな危ない認識と、図鑑に載ってる数種類の命に関わる毒キノコを知っているだけ。ようするに山のキノコには手も口も出しません。

しかし頃合は秋。キノコ季節。夏の終わりに知り合いから頂いた椎茸が生えてくる丸太。といっても椎茸菌を植え込んでいるので日陰に置いておくだけで次々と出てきます。直径が15cmほどもあり、肉厚の椎茸をたくさん味わいました
そして10月の末にこれが最後の恵みだろうと感謝しつつの収穫。「来年も椎茸出るんかなあ?それとも薪にでもするんかなあ?」と最初は思いつつすっかり忘れていて今朝のこと。『Oh!出とる。出とる。』

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落としたと思っていた財布が見つかり、おまけに1000円札が2枚も入っていたかの嬉しさはガッツポーズ。でもって笑いながら写真。一ヶ月あまり全く音沙汰なかったのにこのフェイント椎茸の味や如何に?今宵が楽しみじゃあ。
でもっておまけの秋写真。我が家のモミジの赤とエノキの黄色。

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一個の椎茸のおかげでとても優しい目になったのであります。

2014.11.06 分かってらっしゃる

2014年11月06日

以前このコーナーで紹介した札幌に居を置き、北海道産の季節の美味いもんを送って下さるKさんから荷物が届きました。70x70x50cmもあろうかという大きな箱。
『わ~っ! カニ?、花咲き蟹?、毛蟹?、タラバガニ?、箱いっぱい?』ヨダレ飲み込みながら開けてみますと・・・・鎮座まします大きなキャベツ。TVでは見たことありますが、現物を見るのはこれが初めて。

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『でかっ!』 びっくりしながら持ったり眺めたり。

ここではたと気がついた。Kさんも私と同じで、何かおもしれえことはないかと探しながら人生を送っている。ひょっとするとカニではないかと期待しながら箱を開け、このキャベツを見た時の私の顔を想像しつつニヤニヤしながら箱詰めしたんだな と。
お礼の電話をかけ、それとなく探りを入れる。見事に彼の描いたストーリーを演じてしまったことを知ることとなった。

こうでなくっちゃ。
持つべきものは友と大きなキャベツ。

2014.11.01 何でも楽しもうぜ

2014年11月01日

10月の末に北国では初雪が降ったそうですが、南国土佐では朝晩やっと上着を羽織る気温になってきたとこです。

東北には「雪迎え」という言葉がありまして、10月末からクモが空に糸を飛ばし空中に飛び立つ様をいったものです。確かにこれからの時期散歩中にクモの糸が顔に纏わり付くことがあります。といってもいつも糸だけでクモを見たことはありません。本人はどこかにたどり着き、用済みになった糸だけが飛んでいるんですな。なんだかうっとおしい現象も場所によっては季節感と捉えていいものです。

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自宅のヤブツバキに実が鈴なり。集めて椿油を取ってみようかなとちょっと思ったので調べてみる。こんな時にPCは実に便利でして、チョイチョイとキーをたたけば椿油の作り方の一覧表。しかしおじさんは「ほほう、なるほど」で終わり。結局何もしなかったのに結構楽しめたのであります。

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写真はセイコーのダイバーウォッチでしてアウトドアにおいてはなかなかの強者。なんといっても200m防水だぜ。ところが200mの海の底へ誰が取りに行くのか?誰も行けない場所でただ動いているだけということか。この時計はアメリカセイコー製でネットで買い求めたものです。値段は日本製の五分の一。

最近稀有な自動巻き。ところが天下のセイコーともあろうに一日に数分も進む。「そうか!先進国の製品だから進むのか。後進国製だとやはり遅れるんだろうな」そうとでも思わにゃやってられんわ。一年ほどでベルトも切れたので今はほったらかし。若ぶってネットを使ってはみたが『安物買いの銭失い~』の言葉を唱えながら反省の服着た後悔が横に座ってます。

評論家の広津和郎は痛風に襲われキリキリときた時に「痛い!」と叫ぶとその「いっ!」が関節にひびくので、何かやわらかい悲鳴はないかと思い、ためしに「プップクプ」と洩らしてみたら何ともなかった。そこで疼痛がくるたび布団の上をころげて「プップクプ」「プップクプ」と言ったらしい。

2014.10.28 と・も・だ・ち

2014年10月28日

私は訳ありましてお江戸で暮らしていました。
土佐に居を移して30年が過ぎ、今や土佐弁は完璧にはしゃべれないけど気分は「生まれも育ちも高知県」となっているのを誰も文句は言うめえ。おっと、江戸弁が出ちまった。「どちらさんも勘弁しちくんねえ」

そんな土佐暮らしの最近の5年間の間に小学校の同級生。高校の同級生が土佐に来ました。それぞれが50年ぶり、40年ぶりの再会で、古い記憶の発表会となりました。そして先日の24、25、26日の三日間、今度は中学の同級生が来高。土居邸を臨時休業する口実を探しながら日々を送っているマスターとしては、願ったり叶ったり。3人は我が家を宿泊施設にし、4人で朝から晩まであ~だのこ~だの、まるで修学旅行。

初日に龍馬空港へ迎えに行き3人に「どこか行きたいところは?」『4人の時間を過ごしたいのでお前に任せる』
空港からの道すがら浦戸大橋を渡りながら「あそこが桂浜、そして太平洋」高知市内に入り、「小さいけどそれが播磨屋橋」大手筋を通って「高知城見えたか?」観光はこれで終わり。ひろめ市場で魚や寿司を買い、いの町までどんどん戻って土居邸で食事。
ひとしきりして『マスター、ただのコーヒー!』いつもは『いのうえ~』なのに。
その後自宅へ。深夜まで昔話と近況報告。一番盛り上がったのが、この4人が竹馬の友となった状況はなんだったのかということ。誰ひとり覚えてなく、思い出せないけれど、何も変わらずみんながただ爺さんになっただけ。

寝たのは2時半なのに6時には揃ってコーヒータイム。爺さんの朝は早い。二日目。やはり俺の大好きな仁淀川を見せなくちゃということで出発。

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途中、「ここが薬をもらっているかかりつけの病院」『oh!』やはり播磨屋橋より反応がいい。そして沈下橋へ。『TVでは見たことあるけど、車も通れるんだ。これはいい景色だな』道中の雰囲気は中学時代そのままで皆が笑顔、笑顔、笑顔。

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とある店でソフトクリーム食べながら『客が女の子ばかりのパーラーでチョコレートパフェ食ったのはどこでだっけ?』『俺たち浮いてたなあ』『あれいくつの時だ?』爺さん4人組が並んでソフトクリームてのも浮いているんですけど。

楽しい時間はあっという間に終わって三日目の龍馬空港。『又来るからな』そう言って三人は飛んで行きました。

時計が前に進むと時間になるが、後ろに進むと思い出になる。こんな言葉がありますが俺たちの時計は果たして?

2014.10.02 きっかけ

2014年10月2日

童謡に「うさぎ追いしかの山、小鮒釣りしかの川・・・・」というのがあります。ほんの小さい時分にこの唄を耳にし、うさぎは美味しいのかと思ったこと。
かの山 も かの川 も固有名詞で変な名前だなあと思ったこと。後に歌詞を見てあまりの勘違いに笑っちまったこと。そしてす~っと後になって童謡で歌われている日本語の美しさを認識すると疑問がわいた。

現代では大人も使わないような言葉がそこかしこにある。唄が作られた頃の子供は歌詞の意味が分かっていたのだろうか?我が身を振り返っても分かっていたとは到底思えないのだけれど、そんな言葉を聴き慣れつつ、そして口ずさんでいたことだけは間違いない。言葉の持つ面白さを知った最初かもしれません。

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写真はムギワラトンボ。彼女はシオカラトンボの雌なのですが、それを教えてもらった時からトンボに興味を持ち、それが蝶へ、コガネムシへ、蛾へ、蜂へと広がり、蜂だけを採集、いくつか刺されたが標本を作ったり、トカゲを瓶いっぱい集めて母親に見せ、気絶させそうにしたり、自分の足を犠牲にして水中のヒルが血を吸う様を確認はしたが、吸った跡の血が止まらず泣きそうになったりしてた子供の頃。

そして本好き、虫好きは今も変わらず60年になります。

2014.09.25 彼岸花

2014年9月25日

先日の大雨で2回も冠水したので田の稲がちゃんと育つか心配してました。ところが人間と違って植物の生命力はたいしたもので、何事もなかったかのようにいつもの風景が広がっています。畦や其処此処に彼岸花が突然姿を増やし、秋を実感させてくれます。

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彼岸花といえばおおむね赤い花。ごくたまに白い花の彼岸花。曼珠沙華という別名があります。球根から花まで彼岸花は食べてはいけません。

どうも名前からして愛でられる花ではないようで、現在は秋の風物詩などと優しそうに言ってますが、その昔チャンバラ好きのガキが鞍馬天狗になりきりバッタバッタと切りまくったのにお咎めが一度もありませんでした。大人に全く叱られないということは子供心に違和感が生じるもので、正義の使者のつもりが悪者になったような気がしたものです。

どうも子供のする悪さは、怒られ、叱られるを前提に成り立っているようで、そうでない場合は楽しくないのであります。彼岸花こそいい迷惑でしたが、最近は棒を振り回す子供を見ることもなく命をまっとうできてるようで喜ばしいこっちゃ。

我が家の近所にピンクの彼岸花を見つけました。赤が薄まったのか、白が赤に焦がれたのか分かりませんが、初めて見ましたのでお知らせ致します。

2014.09.16 空気に秋の気配

2014年9月16日

我が家の近くにイノシシを飼ってる人がいます。時々道端につないでおくことがあります。この人懐こいイノシシは人が通るとブーブーと寄ってきます。この子も2歳ほどになっていますが、イノシシの小さい頃は身体にある縞模様から「ウリ坊」や「ウリンボ」と親しみを込めて呼ばれています。

今朝出勤途中に見かけたので車を止め、頭や背中を撫ぜてきました。さすがにその毛はイバラの薮を突き進み、あらゆる場所を猛進するべくゴワゴワの剛毛でして、撫ぜる方はちっとも気持ちよくない。

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『君もウリ坊の時はもう少し柔らかい毛だったよね』
そう言いながら突然 瓜にツメ有り、爪にツメ無し という言葉でウリとツメの漢字を覚えた記憶が蘇った。

PCでメールをするようになって漢字が書けなくなってきた。変換のボタン一つで同音漢字の一覧表。あとは選ぶだけ。脳みそのコンビニレトルト化が進行中。こいつはまったくヤバイぜ。人間は自然に生かされているを旨としているのにこの有様はなんだ。
「満たされている人間は旅にでない」と誰かが言っている。年齢と共に地図を持たない旅には出なくなったけれど、脳内での旅はあらゆる場所へ。

文字を持たない民族は滅びるということらしいので、漢和辞典のホコリをはらって久しぶりに手紙を書こう。

しかし、この抜けるような秋の青空は外で遊べ遊べと誘っている。迷うぜ。

フランスの哲学者 デカルト は「サルは喋れるのだが仕事をさせられてはたまらないと、黙っているのでは」と考えた。哲学者でさえそうなんだから凡人はイノシシに教えられることがあってもなんら不思議はない。

こう思うのであります。

2014.08.25 釣りって

2014年8月25日

こんな話を聞いたことがあります。

アメリカの父親は息子がある年齢になると三つのことを教える。それは キャッチボール に 釣り と 焚き火 だそうです。キャッチボール は 相手とのコミュニケーション や 思いやりを。釣り は 釣り上げた魚を通して人間も自然に生かされているということを。焚き火 は 火を扱う危険と集中の大切さを。

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男の子がその後を楽しく生きてゆくために、人として大切な物が含まれていると思う。というのも私はこの三つが大好きですし、どれにも必ず笑顔があふれます。そりゃそうだ。全部遊びなんだから。

写真は30年ほど前にいの町を流れる仁淀川の河口で釣り上げたアカメ。ルアーフィッシングを始めてまもない頃のこと、私の釣りの師匠を含め釣り仲間は誰もアカメを釣ってない。ビギナーズラックにしては望外の釣果でありました。皆の勧めもあり剥製にしたのですが、アカメとしては標準サイズの80cmで10kg。

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決してトロフィーとは呼べないし、アカメのことを知れば知るほど、時間が経てば経つほど最初の嬉しさや誇らしさは、罪悪感と反省の後ろで小さくなっていきました。『食べるならともかく、俺は剥製にするために殺した。なぜ水に返してやらなかった』

現在は壁から下ろし、そして見るたびにえも言われぬ寂寥感に似た感覚に襲われます。ある人の言った「釣り上げた魚を持って帰ると川と縁が切れる。リリースするとその川は自分の中で永久に流れる」これを身をもって知ることとなったのです。

しか~し その後も釣りは続けていますが、今 魚たちには随分優しくなっているような気がする。そして感謝の気持ちを忘れないことがせめてもの罪滅ぼしかもしれません。心はほらふき男爵、眼は科学者、腕は釣り師の三位一体が私の理想ですが、これがなかなか難しい。

ロシアにこんな言葉があります。「釣り人に話をさせる時は両手を縛っておけ」話すたびに釣り上げた魚のサイズがどんどん大きくなるということですな。
そしてニュージーランドには「最良のビジネスの日より最悪の釣りの日のほうがよっぽどましだ」
そして「一生幸せでいたかったら釣りを覚えなさい」という先人の言いつけをつぶやきながらせめて放生哲学者のまねごとを。(ほうじょうてつがく。捕らえたものを逃がすこと)

さあて、今度の休みには行ってみようか。

2014.07.26 暑中お見舞い申し上げます

2014年7月26日

二十四節気とは陰暦で五日を一候とし、三候を一気として一年間を二十四気に区分したものです。
啓蟄や春分、秋分に冬至、そして大寒もこの二十四節気の中にあります。

梅雨明け宣言が日本列島に発令され、気象庁はこの時期だけ真夏日や猛暑日とやらの新設言葉で暑さをより強調していますが、小暑や大暑というのを聞いたことがない。立春や立秋は天気予報の中でもよく使われるのにね。

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大の虫好きおじさんとしては二十四節気の中で一番気になるのは啓蟄ですが、六番目に当たる穀雨もいい言葉だなあと思います。さて、稲も実をつけ始めたものが増えてきましたが、エビをすくうような小さい網を使い稲の間を歩き回って何かをとっている。これが写真のタニシ。そして自然界には似合わぬショッキングピンクはその卵。どうも稲にとっては厄介者らしいので手作業駆除だということ。

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昔の日本の景色には存在しなかったものが増えてきた。セイタカアワダチソウしかり。アメリカザリガニもその一つですが、これは子供の遊び世界の中に定番として存在するので、フナやメダカの姿を見なくなった今や小川の風物詩となってしまった。
朝陽の中に立つアオサギを撮ってみる。モノクロのように撮れた。デジタルカメラのなせる技で本人の意思は全く反映してないけど、ちょっとかっこいいかもと思った次第。多分勘違い。

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ややすると暦の上では立秋などと言いますが、其のあとに処暑があって白露、秋分と続きます。まだまだ暑い日がしばらくあります。皆様ご自愛のほど。

2014.07.24 写真って

2014年7月24日

時間があればいつも自然の中に身を置いて遊びたいと思っている。
ところが諸々の事情や雑用に追われあっという間に好天気の休日が終わり、溜まったストレスを追い払うためにその夜は好きな自然界を切り取った写真を見る。そして想像を膨らませ、笑った顔で寝ることにしている。

カナディアンカヌーで ダム湖でのバス釣り や 川下り を30年ほどしているのですが、写真のようなクジラに出会う機会はあるはずも無く、「すげえ、でもちょっとビビってるな」とか、「これを撮ってるカメラマンもカヌーでか?」カヌーイスト同士の会話が弾む。

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雑誌 ナンバー 26号 掲載 Paul Chesley 撮影

深い雪の中を疾走するオオカミたち。
「獲物を追っているにしては緊張感が顔に出てない」「遊んでいるのか?」「犬はよく遊ぶし、オオカミは犬の先祖らしいからなあ」「しかし犬にはないぞこの迫力は」妄想も走り続ける。

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雑誌 コヨーテ 34号 掲載 John Hyde 撮影

そんでもって撮ってみました。
電線にとまっているトビ。あきらかに邪魔で無粋な電柱は、ヘボカメラマンがトビに気づかれないように近寄るための障害物。最初の数枚は後頭部ばっかりでやっと横顔が撮れ、「いよいよ正面」と思いきや、私に気がつきピーヒョロロと飛んで行った。

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どう撮っても相手がそこらじゅうに居るトビではどうということもないし、誰にも感動を与える写真にはならないけど、つい思ってしまった。「望遠レンズあったらなあ」ここいらあたりがシロートの極みでして「イチローのバット使えばヒットが打てる」そう言ってるのとなんら変わらない。

ところがこんな言葉があるのです。
— 何を望もうとそれは進歩だ ー

2014.07.15 今朝も散歩

2014年7月15日

よく聞く話にその人の書棚を見ると性格が分かるというのがあります。そこで第三者の眼になったつもりでわが書棚を眺めてみました。そこにはまったく統一性のない「こいつの頭の中は分からん」といった背表紙が並んでいた。

読みくさしの文学全集から恐竜の本まで手当たり次第。賢そうな大人が『晴耕雨読の毎日です』などという知的雰囲気とは程遠いガラクタ博物館状態。ところが決定的に抜けているものに気がついた。植物関係の書物がほとんどないではありませんか。

普段「へ~ そうなんだ」だとか「ほう ほう なるほど」や「ふ~ん そうか」と言いたい日々を送りたいと思っているのに。牧野植物園だって行ったことあるのに。私の大好きな虫や鳥にとって樹木を含め植物は深い関係があるのに。

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反省しつつ今朝の散歩。川べりに咲くランの仲間と思う小さい花。黄色い花はノカンゾウらしい。しかしヤブカンゾウと違ってノカンゾウは数も少ないらしい。似たようなニッコウキスゲという花もあるらしい。全部食べれるらしい。今日のところでは全部{らしい}としか言えぬので植物図鑑がいるではないか。

少し歩くとアゲハ蝶らしき羽のかたっぽが道の上。蝶や蛾は鱗粉をまとっています。鳥達にとっては口の中でモソモソするらしくイモムシのような幼虫ほど好まれてない。蝶や蛾が襲われているのをあまり見ない。そうするとこの羽はいったいどんな事件に巻き込まれたかとても気になる。

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胴体はアリが持っていったのか?アリはあの臭いカメムシだって持って行っちゃうからなあ。アリにグルメは絶対いないだろうなあ。
ここでふと思い出した。以前友人が自転車で気持ちよく走っていると口の中に何か飛び込んだ。習慣で噛んだ。カメムシだった。こけた。

笑いながらの散歩だった。

2014.07.01 今朝の散歩

2014年7月1日

先日世界遺産に登録された霊峰富士山。
平地に単独峰としてのあの美しい姿は、さほど高くない標高にも関わらず日本人にとっては世界一の山なのであります。

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鹿児島県の開聞岳が薩摩富士として親しまれているように、各地に・・・富士と呼ばれる山がたくさんあります。そこで自宅付近でもと探してみたところ、俺以外は誰もこれをなんちゃって富士とは言わないだろうが、散歩の道すがら前方に見えるこの山を勝手に加茂富士と命名しました。あしからず。

ナズナは春の七草の一つですが、一般的にはぺんぺん草として貧乏の代名詞のように言われ、どんな場所でも繁殖する生命力の強さは農家の嫌われ者でもあります。ところがこのぺんぺん草と呼ばれる由来は、花の終わった後の実の形が三味線のバチのような三角形であることらしい。そして三味線の音色からこう呼ばれるようになったらしい。

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自然界にあるいろいろな物の名前にはそれぞれそう呼ばれる理由があり本名もある。
この見たまんまのネジバナにも和名なりがあると思って広辞苑。ネジバナ ラン科の多年草。異名としてモジズリ。とある。本名だったのか。これぞ言い得て妙であるな。

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稲が育ってきた田の中にすっくと立つ ダイサギ(?)こちらをそれとなく見てる。(?)は少し小ぶりの チュウサギ と見分けられないためであります。
もう一種類白いサギの仲間で コサギ がいるのですが、かなり小さいのと足先が黄色で見間違えることはありません。

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そして名も知らぬツル植物ですが、ハート型の葉っぱが並んでいるだけでいい奴かもしれんと思ってしまう。
ハートといえば人間の筋肉の中で最強は心臓だそうな。まあずっと動いているのでそうだろうな。

2014.06.20 じいさん頑張れ

2014年6月20日

昨日、佐川町役場から名指しの大きな封筒が届きました。

『ん~ 諸々の税金は払っているし、すねにさほど深い傷持つ身でもないし、督促状にしてはあまりにも大きいし』どうにも悪い想像しか思い浮かばぬのは、お国とやらの命令なき強制に辛酸を舐めてきたトラウマのせいなのか。恐る恐る開けてみると、「あなたは晴れて爺さんの仲間入りを果たしました。よって 高知県長寿手帳を配布します」というお知らせと、「あなたはボケちゃあせんか」というアンケート用紙。ここまでは『何を言ってやがんでい バーロウ 俺はまだ65だ』

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ところが次の紙にはこの長寿手帳を持ってると下記の施設には無料、もしくは割引きで入れますの美術館とやらの一覧表。これが結構多い。怒りながら笑うという体験をしちまった。

「本人はなんぼ若いつもりでも、世間は爺さんカテゴリーの扱いだぞ」を突きつけられて気の弱いやつならそのまま寝込むかもしれんじゃないか。ムヤムヤしながらふと見るとトンボの死骸。普段は『君は頑張って生きたか?』『子孫は残せたか?』と自然観で見ているのですが、今回はなんだか身につまされたことを白状します。

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ロレンツォ・デ・メディチ の言った
あわれ麗しの春 過ぎ行きて儚し たのしきはたのしめ かぎりある人の命ぞ

この言葉を噛み締めるとしようか。

2014.06.18 あじさい

2014年6月18日

いつも自然に眼を向けていたいと思ってはいるのです。しかし、春の山菜や食べられる果実には興味を示しても、こと花に関しては誰でも知っている桜やたんぽぽ、ひまわりにアサガオと紫陽花などの10種類ほどしか自信を持って呼べるものがありません。

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その中でこの時期、紫陽花街道とやらの名前を冠した見事な花道路が各地にあります。自宅の付近にもSさんが育て、世話をしているミニ紫陽花街道が散歩の人たちを喜ばせています。

以前聞いた話の中に、紫陽花は植わっているその土で色が決定されるというのがあり、酸性とかアルカリ性とかの各種土壌が植物の育成には影響を及ぼすというのを乏しい知識の中そのまま受け取り、さほど疑問も感じなかったのであります。

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ところが今朝の散歩の時に色とりどりの紫陽花を見て『おやっ ????』同じ場所で咲いてるのに。それぞれ10cmほどしか離れてないのに。3本の紫陽花が色違い。

バラに代表されるように、花は非常にたくさんの種類があるので『種類の違うものなのか?』『土のせいではないのか?』『どこへ植えてもこの色なのか?』『以前聞いた話の真意は?』

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急いでカメラを取りに帰り、犯罪現場の証拠写真を撮るCSIの気分でパチリ。捜査一課の敏腕刑事になりきって『朝からおもしれえことになってきた』ところが元々花に心惹かれる情緒脳が育ってないため、時間経過とともにあまり面白いことではないような気がしてきた。結果、ここには直感としての科学者に変貌できないただのおじさんがいただけなのだ。

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小林秀雄 が言っている。美には、人を沈黙させる力がある。これが美の持つ根本の力であり根本の性質です。

おじさんの道は遥かに遠いのだ。

2014.06.12 生き物たち

2014年6月12日

高知市内を歩いていると「お〜い!郡部の人」と呼ぶ声。振り返ると高知市内に住んでいる友人が私を見つけて声をかけた。
確かに自宅のあるところは高岡郡。土居邸は吾川郡。しかしはっきり言われるとなんだか田舎者が都会見物してるような気がして下をむいてしまう。といっても高知県の人口は、東京世田谷区の人口より少ないので県庁所在地とてたいしたことはないのだけれど。

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その高岡郡にある自宅のそばをこんな小川が流れています。田植えの時期はこの小川から田んぼへ水を引きますので、住んでる魚たちは大丈夫かいなと思うほど水が少なくなります。
田植えもほとんど終わり水も普段の状態に戻ったのですが、この小川の周りにはカワセミ、キセキレイ、セグロセキレイ、カルガモ、そしてカメにスッポン、カニやしらさぎ類(コサギ、ダイサギ、チュウサギ、アマサギ、ゴイサギ、アオサギ)そして希にですが ヤマセミ や 小型の鷹の仲間の チョウゲンボウ が見られます。

当然川には小魚がたくさんいますので、魚を主食にしている鳥たちには住みやすい場所と思われます。数は毎年少しずつ減ってはいますが5月には川面に蛍の乱舞が見られます。
そこには50年ほど前には日本中どこでも見られた景色がそのままあります。確かに護岸工事はしてありますが、石を積んだ護岸だったり、土手をそのまま残したりしてありますので生き物たちもかろうじて住み続けています。

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いろいろ数値が気になりだした郡部のおじさんはメタボ対策に早朝散歩をしているのですが、この川辺は稀に見る自然豊かな散歩コースなのです。そして夜の散歩には満天の星空が約束されており、カエルの大合唱の中を歩きます。

アラスカにはこんな言葉があります。「熊が川とその川で泳ぐ全ての魚を所有している」そして ボードレール は詩の中でミミズのことを「眼なく耳なき暗黒の友」と書いた。

自然万歳! 田舎万歳!
シティボーイ諸君、なんといっても郡部のもんだぜい。

2014.03.29 道祖神?

2014年3月29日

自宅の付近の小高い場所に現在は民家がありますが、その昔は土佐を治めていた長宗我部元親(ちょうそがべもとちか)の家臣が往来する人々を監視するための小さい砦があったそうです。そういやこの場所はこのあたりのどこからでも見える。ということは向こうからも見えるということで、最適の監視場所であったということか。

現在は県道になっておりますが、昔の主街道が100mほどの場所を通っています。そして小さい脇道がこの場所へ伸びており小川をまたぎますが、その橋のたもとに大きな桜が一本と道祖神と思われるものがあります。

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道祖神(どうそじん)は道行く人の安全を守る神とされて日本中各地にあります。普通彫り物がしてあったりしますが、これにはそういったものはありません。しかし静かに佇んでいる姿は決して風景の邪魔をしていない。

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アニミズムといわれるあらゆるものに神が宿るとしている日本。そしてそれが東北震災の折に世界を驚嘆させた日本人の美しく礼儀正しい精神文化。満開の桜と菜の花の脇にあるこの神様は『これぞJAPAN』

やっと風も空気もぬるみ始め、「ああ、今年もなんとか冬を越せたなあ」と心穏やかになったおじさんがちょぴり気取ってみました。ちなみに長野県の安曇野はこの道祖神がたくさんあるということで有名です。ちなみのちなみに日本人にとっての桜にあたる物は、アメリカ人には dogwoodと呼ばれるている ハナミズキ だそうです。

ただし、現在世界で一番美しい桜はワシントンにある桜だそうです。日本から贈られた桜たちが本当に大切にされているということ。宴会の理由として存在している訳ではないということ。

なんだか寂しく思います。

2014.03.14 田舎暮らしは楽しおまっせ

2014年3月14日

ストーブで部屋を暖めるにはストーブから伸びている煙突を部屋の中に通し、熱くなった煙突からも暖をいただくのが賢い方法なのですが、大きな煙突の方が煙の通りもよさそうと考えて作ってもらった直径が20cm以上もあるブリキの煙突が部屋を通ることを家族が猛反対。結果、写真のように部屋の外を暖めています。

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おまけに、1年のうち大半の期間は使われぬストーブと煙突。雨こそ入りませんが煙の出口も大きな入口。
春になるとこの煙突を巣箱にする鳥が現れても文句は言えぬ。煙突から鳴き声とバタバタする音が聞こえます。

今のところ冬鳥(日本で冬を越す鳥、ジョウビタキ等)が巣にしたことはありませんが、秋の終わりには煙突チェックが欠かせません。それを忘れてもしものことが起こると立ち直れないかもしれません。

我が家に犬がいなくなって2年になりますが、先日の夜仔ダヌキが2匹庭にいました。食べるものは何もないとは思いますが、タヌキ特有のためぐそ(タヌキは一箇所に糞をする)がありました。

タダ飯を腹いっぱい食べ、ひたすら惰眠を貪っていただけと思っていた我が家の犬も実は仕事をしていたのかと改めて思った次第。そして庭に隣接しているバッタの天国と思われる空き地。その向こうは近所のSさんの丹精込めた畑。いろんな野菜が見事に育っています。

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その畑に最近青いフェンスが張り巡らされた。聞いてみると、昨年からイノシシが出没するようになったとのこと。その防御策としてのフェンスとのこと。ナイロン製の華奢なもので、栗のイガも平気で割るイノシシの侵入を防げるととても思えんのだけれど、これが優れものだそうな。

Sさんと二人で今は亡き我が家の犬達の20年にも及ぶ仕事ぶりを再評価。

つい、遠い眼になっちまった。

2014.03.03 もうひとつの春

2014年3月3日

弥生三月になると、北国はともかく春爛漫という言葉がよく聞かれるようになります。辞書によると爛漫とは花が咲き乱れる様をいうのだそうで、音の響きといい、字体といい、いかにも春を感じさせてくれます。自宅の近くに50m四方ほどの空き地があり、数十本の桃や梅が植えられています。この時期そこにはまさしく春爛漫が存在し、毎朝通る度に車からミニ花見。

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又、自宅にはサクランボの木が一本だけありまして、やはり花が満開になっています。このサクランボは20年ほど前に頂いた小さな苗木が育ったものですが、ちょっぴり木らしくなった最初の頃は、花は咲けども実はならずが数年続いて、『ほんとにこの木サクランボか?』
花が咲けば実はなるはずだ程度の怪しげな認識は、頂いたものに文句をつける{ものもらいの ものおごり}を実践するはめになり、後に赤面しつつ詫び状を書いた。

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今では毎年サクランボが鈴なりになりますが、野鳥たちにとってはまさしく美味しいサクランボ食べ放題無料バイキング店がこんなところにあるじゃんか状態。

敵は精鋭航空部隊でして、おじさん歩兵部隊とでは勝負の結果は明らかであります。手の届かない高い場所のサクランボはあっというまに消滅し、必死で低い少数のサクランボを収穫するおじさんを電線に並んで見下ろしている顔は確かに笑っている。

大本営発表・・・連戦連敗もうすぐ全滅。

こうして果物栽培農家のあくなき闘いを身をもって知ることとなったのであります。そして普段は生活圏が別々であろう数種類の鳥たちが仲良く群がっている様子は、スズメ語、ヒヨドリ語、メジロ語、だけではなく共通鳥語を使って情報交換してるに違いない。こう考えています。

・・・・・負けてくやしい花いちもんめ・・・・・

2014.02.21 みんな頑張ったじゃんか

2014年2月21日

他国でもそうなのかはあずかり知らぬことですが、我が国ではオリンピックへの代表選手になるよりも役員になるほうがはるかに難しいらしい。ということは純粋にスポーツを愛する心よりも、その他の要素に重点が置かれているということか。

要するに生活の全てをかけて取り組んでいるアスリート達の気持ちは決して分からぬということか。

オリンピックへ出場叶った選手は全員もれなく一流なのであります。4年間という長い時間を唯唯一点のことだけに打ち込んできた結果をメダル取得だけで評価するのは、レベルの低い観客にさえなれぬ。

競技によっては100分の1秒が栄光と悔しさの差になりますが、我が生活の普段はどんなに短くても1日単位なので、彼らの努力には頭が下がります。オリンピックが開催されるたびに、メダリストはもとより国旗を背負って頑張る選手全員から感動を受けます。背中の JAPAN の重さに差があるはずも無く心より敬意を表したいと思います。

さて、さて自宅からの道すがらにこんな景色が。土讃線は全線電化されておらず、冷暖房の効きも悪いのですが線路際に全く電柱がない。あたりまえだけど。でも、この風景はすっきりしててとってもいいと思うのであります。

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最近世界遺産がやたら増えてきましたが、そのうち世界遺産じゃない場所を巡るツアーの方が人気が出たりして。不易はシンプルという言葉がありますが、その時はこの場所もいれて欲しいと。

・・・・・やっぱり無理か!

2014.02.08 笑って生きる

2014年2月8日

最近『未来より過去の時間が長くなっちまったなあ』と、よく思う。
ようするにおじさんがいよいよ爺さんの領域に足を踏み入れたということなのです。
当然体力は若者と比べられるはずもないので、気力ならということになるのですが、何故か日が暮れるとさっさと家に帰りたくなる。若い頃は夜になると、どこでもいい、何をするわけでもないのに、どこかへ出かけたくなっていたのにネ。

そこで過去の記憶の整理はやめることにし、一日に最低一回は『へ〜』とか『ホ〜』とかの感嘆語を発したいと思うのであります。

そこで今までに『へ〜』となったことを紹介します。

英和辞書をペラペラめくっていて偶然見つけた。
*appendix(アペンディックス)
 本来雑誌の 付録 という意味なのですが、別の意味に 盲腸 とある。
 人間の体内には不必要な物はないということなのですが、やっぱり!

土居邸にある木彫りの鳥たちの作家、堀田さんから聞きました。
*マンサク(黄色い小さな花を付ける樹木)
 寒い時期に梅花より早く花を咲かせるという まず咲く がなまったもの。

*学校 とは ラテン語で暇つぶしという意味。

*マイクを最初に台からはずして手にもったのは フランク シナトラ

最後に釣り好きのあなたへ

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*最強の針はずし
魚に釣り針を飲み込まれてしまった時に使う。いろいろ使ってみましたがこれがピカイチ。

どうでもいいようなことを面白がっていると人生は楽しおまっせ。

ゆるゆるぐだぐだ店主  敬白

2014.01.15 ほほうと納得

2014年1月15日

その昔、といってもかなり大昔のこと。
「怪人二十面相」と知恵の限りに闘う名探偵「明智小五郎」の活躍する小説に胸躍らせたガキが少々歳を重ねてくると、当然 シャーロック・ホームズ や エルキュール・ポワロ にはまるわけで、難事件解決が生きがいの日常になってしまう。そして 江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」がバイブルとなる。
しかし、このてのわんぱくガキのかかる熱病は思春期と共に完治するも、のちに形を変えて再発するのであります。

最近TVや映画でシャーロック・ホームズ物を見るに付け、イギリス人独特の言い回しやドクター・ワトソンに対する態度が気になり始めた。はたして原作のホームズはいったいどんな人間として描かれているのか。相棒ドクター・ワトソンや、宿敵モリアーティ教授 はどうなのか。

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場面は変わってとある書店の棚の前。
安いというだけが取り柄だった文庫本が、最近1000円を超す値段のものも現れ、本好き人間としてはがっかりしていた矢先にこの一冊。
なんと476円+税の『新訳 シャーロック・ホームズ 全集』 

普通新訳というのはオリジナルとはちょっと離れた訳になってるものが多いのでパラパラとめくってみる。目に付いた場所は、ホームズがパイプをくゆらす場面。
「これならいいかも」というわけで購入。

探偵物は事件を解決するためにストーリーが進んでゆくのですが、当時の英国の情景や雰囲気や小物が其処此処にちりばめられてる。そして英国風ジョークの面白さ。

アメリカ映画のホームズはやはりエンターテイメントに重きを置いていますが、イギリスのTV番組らしきシャーロック・ホームズは原作の雰囲気出ててよろし。といっても原作を原文で読んだわけではないので、どこまで核心に迫れているかはわかりませんが、子供から大人まで楽しませることのできる 原作者 コナン・ドイル と翻訳家の実力に納得。

書物には確かに読む側の旬があるとしたものですが、2回目の旬に納得。

こうして2014が始まりました。

2013.12.29 南の島に雪が降る

2013年12月29日

聞いた話ですが、第二次大戦中の天気予報は100%の確率だったそうな。本来の予報というより『昨日の関東地方は快晴でした』『昨日の関西地方は雨時々曇りでした』てなラジオ放送でありまして、これは当時敵国であるアメリカに日本の気象情報を知られると容易になる爆撃目標設定をかく乱する意図があったようですが、なんとも幼稚な情報操作を本気で考えたあげくに天気予報として放送していたとのことです。そりゃ負けるわな。

最近の天気予報はピンポイントでの予報も可能でして、昨日「高知県地方、夕方から降り出す雨も夜には平地でも雪に変わる所があるでしょう」
一度も冬の土佐へ足を運んだことのない県外の友人たちは「高知って冬でも半袖か?」とか「雪なんて見たことないでしょ」だの「ゴルフ場の芝生は一年中緑だろ!」といった南国土佐という暖かい楽園イメージをお持ちのようで、県内山沿いはチェーン規制されたり、そして高知にスキー場が存在することを私の嘘だと思っているのです。

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そこで今朝の自宅付近の写真。そりゃあ毎年雪との闘いを強いられている方々にとっては、「ば~か、こっちじゃそんなの雪って言わんぞ」レベルではありますが、誤解をとくためにあえてご報告いたします。やはりここらへんが南国の弱みでして、霜か雪か判断出来ぬ積雪?も大騒ぎしたくなるのであります。

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日本にいるサギの仲間では一番大型のアオサギが、朝一番で陽が当たり、雪の溶けた場所でのひなたぼっこ。近寄っても動く素振りなし。自宅から国道に出るまでの田舎道は影地のところどころ凍っているやもしれず、のろのろ運転で本年度最後となる喫茶渡世へ出発。

『Twin soul 土居邸』 は 12月30日~1月6日 の間お休みします。

皆様よいお年を。

2013.12.09 かくしてフィッシャーマンとは?

2013年12月9日

諸外国のもろもろの文化や習慣、技術を巧みに取り入れ、改良や進化を加え本家本元、老舗や発祥の地をはるかに凌ぐものを作り上げてきた国民性は他の追随を許さず、猿真似だとかオリジナリティが欠如しているだとかいろいろご批判はあるようですが、おじさんは「日本人の心ここにあり」といつも感心しつつ密かに自慢しているのであります。

自動車しかり、時計しかり、カメラしかり。そしてパブが生活の一部と化している英国の友人が申すのに『日本のビールが世界一美味い!』そして最近はワインにもその兆候があらわれているそうな。

流石に伝統や歴史は越えることのできないものですが、どんな分野でも最後には一流になれるのが日本人ではなかろうかと思っている次第。

ところが釣りだけはそうではありません。海に囲まれ、川の多い我が国では生きるためとはいえ、釣りは神代の昔から行われており、元禄時代には様々な釣リ方に発展しました。日本ほど多種多様な釣り方がある国は、世界中のどこを探しても他にはないと聞き及んでいます。

この数十年、さすらいの釣り師を目指し、あらゆる釣りに首を突っ込んできました。海に川、そしてダムへと足をはこんだものです。

写真はアメリカから通販で取り寄せた小さなルアー。クラッピーという日本でいえば、鮒にあたるような魚を釣るためのソフトルアー。1001ケのセットで9ドル98セント

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日本にはクラッピーはいないので、ガシラ(かさご)をこれで釣ろうと思ったのですが、ガシラばっかり釣りに行くわけではないので、ちっとも減らない。持て余して考えた。釣り仲間におすそ分け、おすそ分け。

「好きなだけやるぞ」『いらん』
「結構ガシラ釣れるぞ」『いらん』
「ちょっと貰ってくれや」『俺も持ってる』

声をかけた二人とも1001ケのルアー持ち。ある小説家の言った{遊びを追ってゆくと、きっとどこかで底なしの穴を覗かせられる}
その穴が目の前にあるではないか。

かくして釣り師は格調高きフィッシャーマンにはなれないのです。

2013.12.05 未熟者かく語りき

2013年12月5日

決して本人が望んだわけではありませんが、私の干支はネズミ。星座はカニ。
これを知った悪友は指差して笑いました。『おい、おい、ネズミとカニかよ』そりゃあ 虎(寅)と獅子 のほうがなんとなく男らしいけど、こればっかりはネ。

というわけではないのでしょうが、やたらいろんな物を集める性格はネズミ。人生ずっと横ばい状態で砂を噛み続けているのはカニ。そういうことだったのか。

ここではたと気がつき、所有物の検証をしました。

まず、ベルトのバックル。幅の広いベルトは一本も持ってないので、ほんとにただの飾り。

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フィルム仕様のカメラ。これは「現場監督」という名前でして、簡易防水加工がされているアウトドアにはもってこいのカメラ。ところがフィルムの製造をやめたとかで、ただの役に立たない小さな箱。

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壊れかけ、落ちていた木箱。その一枚にこの絵柄。ダンボールの箱が普及する以前、壊れやすい品々は木箱に入れて運ばれていました。これも石鹸か何かが入っていたかも。なんだか懐かしくて絵付きを一枚だけ拾ってきましたが、飾りにはあまりにもみすぼらしいし、最近邪魔になってきた。

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最後に、我が家には大きな榎がありますが、冬には大量の落ち葉を生み出し、集める手間と、この寂しげで寒そうな景色がお約束されています。ある人が「エノキは切った方がいいよ」と言ってくれたのに、夏の日陰を夢見て残しました。そして今見上げる大木。

愚行の連鎖は死ぬまで続く。

2013.10.31 釣師の独り言

2013年10月31日

「天敵」という言葉を辞書でひいてみると、
1:その動物にとっていちばん恐ろしい特定の動物。
2:なんとしても避けたい嫌な相手や物。
とあります。

人間も動物の一員なので 1 についてはある特殊な環境においては、病原菌を媒介する蚊などが天敵となるやもしれません。
そこでさすらいの釣り師を名乗りたいおじさんが、釣り人にとっての天敵ということで 2 をあてはめてみると、これは風ということになります。

強烈な日差しや、雨、そして寒さはなんとか対処できるのですが、風だけはこれを避ける方法が屋外においてはほとんどありません。吹きすさぶ強風の中では、数少ない風が止まる短い時間しか釣りはできません。凧ならいざ知らず、風の中で何もせずに居るだけというのは辛いものがあります。そして、「こんな日に又なんで俺は釣りになんか」と出かかった言葉を無理やり飲み込みながら一日を過ごすのです。

ところが、加島祥造(かじましょうぞう)の「老子と暮らす」の中に風についてのこんな文章が。
『風のうち几の部分はもと「帆」と同じ意味を表し、几の中の 虫 という字は古代では「竜」の意味だったとあった。すなわち目に見えない竜という怪獣が船の帆をふくらます。船を動かす。その力をうつして風の字になったというわけなのだろう』

都会育ちの大学教授だった著者が信州の伊那谷に移り住み、自然の中でしかできない考察をエッセイにしたものですが、これを読んだ時には風を天敵扱いしていたおじさんはちょっぴり恥ずかしくなった次第。

普段見慣れた自然の風景や現象を見直すことになった一冊です。

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光文社 知恵の森文庫  加島祥造 「老子と暮らす」 619+税 

2013.10.15 ルアーでマムシを釣るのこと

2013年10月15日

私の周りには雑魚から大物まで、川から海までと、水のある所ならどこにでも出没する男たちが全員私の友人を名乗っています。
その中でもS君はルアーフィッシングにしか興味を示さず、この日もポッパーという水面に浮かぶルアーでチヌ(黒鯛)を狙いに仁淀川の河口へ。3匹ほど釣り上げ「今日はなかなかいい日ではないか」と膝あたりまでの浅瀬に立ちこんでニヤリ。

ふと横を見ると3mほどのところを彼が泳いでいる。
「おっ!」と思って見ていると突然方向転換しS君の方へ真っ直ぐ泳ぎ始めた。
S君は別段彼達にはどういう感情も持ち合わせていないけれど、やっぱりマムシ。やっぱり毒蛇。
こっちへ来るなと水面をポッパーで叩き、追っ払おうとロッドを振る。運良くか運悪くかは判断の別れるところですが、ルアーには当然フックが付いてまして彼に刺さっちまった。彼もS君もビックリしたけど外れない。

普段はあまり動きの早くない彼なのですが、この時だけは違った。30cmほどのチヌなんかよりよっぽど引きが強い。どうも気持ちの悪いやり取りが続いた後いよいよフィナーレ。ルアーの回収はあきらめラインを切ることにしたのですが、ラインカッター忘れてる。

S君は最近PEラインというとてつもなく丈夫なラインを使っているのですが、ルアーが何かに引っかかった時のために、ルアーを結んでいる先の50cmほどだけがナイロンライン。これを歯で切るしかないことになっちまってる。彼との距離はおおよそ40cm。決して彼から目を離さずやっとのことで歯にてプチン。ルアーがついたまま離れていく彼を見ているS君の顔はひや汗もつれ。

釣り師の人生もこれでなかなか厳しいものがあり、完璧でどこにも傷のない希な一日は無いのかもしれません。
ルアーでマムシを釣ったのはたぶんS君が日本で初めてかもしれません。

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そしてこの現場に私が居合わせてなかったのは残念至極にござりまする。
彼の写真はちょっとネということで、ポッパーだけをどうぞ。

2013.10.08 映画っていいぞ

2013年10月8日

ジュリアーノ ジェンマ というイタリアの俳優が自動車事故で亡くなったということをネットで知りました。
私たち世代の映画ファンにとってはかなり有名な俳優でして、TVでの訃報を目にすると思っていたのですが、少なくともニュースでは流れなかったようです。

マカロニウエスタンと呼ばれたイタリア製の西部劇が大ヒットした頃のヒーローで、「荒野の1ドル銀貨」等々出演作があり、日本には彼のファンが沢山います。現在は監督としての名声が高い クリント イーストウッド もこのマカロニウエスタンに出演して以来、一連の「ダーティハリー」シリーズや話題作の主演、そして監督としても一流への道を歩むことになりました。

ジュリアーノ ジェンマ はその後イタリア映画の衰退と共にスクリーンを賑わすことなく、忘れ去られた存在になっていました。しかしですぞ、決して名優とは呼ばれなかったけれど、映画界のある一時代を築いた俳優なのに誰もなんにも言わん。そうか、現在TV番組を作っている世代にとってはただの「知らないおじさん」なのか。感性のどこにも引っかからないのか。少し寂しいけれど時代の流れは誰にも止められない。

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そこで、こんな古き良き時代もあったんだぞということで昔の本から。アメリカの『ライフ』という雑誌はその時代の旬の映画スターが表紙を飾ります。そして『ライフ』が所蔵している数々の写真が一冊の本になっています。

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ヒッチコック が「鳥」という映画の宣伝に使った出演者と一緒の写真。「アラビアのロレンス」でロレンスが雇っている少年が砂にのみ込まれるシーンのメイキング写真。「隊長ブーリバ」での クレーンを使った戦闘シーン撮影風景。

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映画を見る側の価値観が変わってゆくなか、おじさん達が若かりし頃心揺さぶられた映画時代に思いを馳せ、今回の ジュリアーノ ジェンマ をはじめ故人となった名優達に感謝と追悼をこめて。

2013.09.27 元気がなにより

2013年9月27日

決して「忘れようとして思い出せない」という訳ではないのですが、昔のことほど記憶が鮮明で、最近の、それも昨日や一昨日の事を全く覚えていないことが多くなってきた。いよいよ隠れ脳梗塞が表面化してきたんではあるまいかと同級生に聞いてみる。

「おまえだけじゃない。俺もそうだ」「歳がいくとみんなそうなんじゃないかい」
「朝食に何を食べたかではなくて、ただ食べたことを覚えてたらいいんだってさ」

一抹の不安は棚に上げといて昔話に浸ることにした。
25年ほどさかのぼると、トライアル というバイク競技にうつつを抜かしていた。急な斜面を登ったり降りたり曲がったり、段差を乗り越えたり、こんな所を足を着かずにバイクで行くんだ、といったスピードを争う競技とは正反対の、究極のバイクバランス障害物競走。
当然ゆっくり走らせることが基本技術であり、乗ったまま動かない練習や、いかに小回りができるかといった練習におおかたの時間をさいていた。最初はホンダ TL125ccというバイクで始めましたが、少し上達してくるとホンダ TLR200ccが愛車となった。

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写真の盾は最初に出場した競技会で、ビギナークラス3位になった時のもの。生まれて初めて表彰台というものに上った嬉しさは忘れられないのですが、ビギナークラスは4人だけの参加だったし、一人は途中棄権したので実質はビリなのですが、盾には堂々3位と刻印されているのです。
そしてこれは、私の中では誇りの記憶となってそびえ立ち、いかなる批判も受付ないのであります。

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当時ホンダが競技用モデルとして発売した RTL250cc がこのバイク。プロが乗っていました。公道は走れないし、ライトもウインカーもないのに70万円もするんだぜ。

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京都書院がトライアル専門雑誌を出版。その創刊号。現在残っているものはこのブレーキレバーだけ。長いのは通常のレバー。トライアルバイクは転倒することが多いため、折れないように短いレバーに変えます。
私は怪我が怖くなった時点でやめましたが、現在も尚続けている友人達がいるのです。彼らを心より尊敬してます。

おじさんライダーに栄光あれ!
そしてもしも、万が一、怪我で入院でもしたら急いでお見舞いに行くつもりです。

2013.09.17 台風お見舞い

2013年9月17日

かつての土佐は台風銀座と呼ばれ、全国版ニュースは大波打ち寄せる桂浜の映像が繰り返し流れたものです。
ところが甚大な被害を出した昭和50年の台風以来、高知県には全くといっていいほど台風が来ません。山と年寄りばかりの我が県には台風さえも近寄らず、益々日本から取り残されていくような気がするとみんなが言ってる。

そして、今まであまり水の被害がなかった各地に大量の雨が降り、被災された人たちを尻目に「かつて経験したことのないような雨量につき充分な注意を」などと、さも100%自然だけの責任にしようとしているように感じるのは俺だけか?

地球が本気で怒ったら怖いぞ!

高知市と県東部の奈半利(なはり)の間は竜巻の発生率世界一なんだそうです。100km四方の海岸ぶちで年間30以上の竜巻が発生するそうです。先日、高気温の日本一になってちょっと嬉しくなっていたのに、いよいよ世界一の称号もいただいて誠に喜ばしいこっちゃ。

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幸いなことに今回の台風は風がちょっと吹いただけで、柿の葉が落ちたのとエダナナフシ(?)が木から飛ばされていました。

災害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。

2013.09.16 おじさん文句を言うのこと

2013年9月16日

のっけからTV番組の話で恐縮です。というのも子供の頃に親から「テレビばっかり見てるとバカになるぞ」と言われていた記憶は消しされないからであります。

土曜日の朝7時30分から『さわこの朝』というインタビュー&トーク番組があります。阿川佐和子さんのゲストに対する話術の妙味は、毎週楽しみにしています。
ところが、プロ野球中継において、何人かを除いて解説者コメントの陳腐なるもの甚だしく元プロ野球選手が将来解説者になるために野球をしていたわけではないので、名選手が名会話手のはずもないのであります。中継をしているTV各局における裏の事情か何かは知りませんが、出てくる解説者は言葉の不明瞭さと個性のなさ、あまつさえ声の魅力的な人も少ない。
おじさんはTVに向かって「映像は見てんだから、ちったあ話す勉強もしてこいよ」と呟く。どうも最近怒りっぽくなってきたがこれもじじいの特権であるか。

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さて2冊の本ですが、私と同じ1948年生まれの西山徹(にしやまとおる)と山際淳司(やまぎわじゅんじ)。
テツ西山との愛称で呼ばれ、釣りをスポーツフィッシングへ昇華させた人。なんでも釣り師を格調高きフィッシャーマンへ変えようとした人。はじけるような笑顔で魚に注ぐ気持ちを表現した人。結果よりプロセスを大事にした人。人間は自然に遊ばせてもらっているということを教えようとした人。

山際淳司はあらゆるスポーツに注いだ愛情深い洞察力を、柔らかく優しい言葉と魅力的な文章で伝えたスポーツキャスター。観戦からだけでは分からないスポーツの持っている隠れた面白さを独特の切り口で教えてもらった。そしてよりそのスポーツを楽しめるようになった。

残念ながら二人とも若くして亡くなり、現在のフィッシング事情やスポーツ界についてのコメントを聞くことができません。最後のジャーナリストと呼ばれた筑紫哲也(ちくしてつや)が生きていれば、311の東北大震災や原発事故に対してどんな言葉を残したか。

人にものの本質を伝える名手達が現在いないのは残念でたまりません。

2013.09.02 釣師の独り言

2013年9月2日

およそ200リットルの容量である一般的な風呂を沸かしすぎて入れない。これをうめるのにかなりの水を入れなきゃならん。

ところが、あのやたら大きくて深い海なのに、表層だけとしても夏には海水温が高めで釣りたい魚達も水温の低い深場へ避暑に行ってる模様。
最近ちょっとずつ暑さが身にこたえだしたおじさん釣師は、かような理屈をこねくり廻しながら扇風機の前。

しかし夏が旬である魚も当然いるわけで、それを食したい御仁たちは竿を片手に出かけてゆくのであります。ところが聞くところによると、釣師は魚より肉を
好む者が多いようで『食べるためにじゃないんだ。この暑いのにあいつはアホか』『でもスズキやイセギが釣れたら貰ってやってもいいぞ』

ここに「馬鹿と阿呆は紙一重」といったこれぞ釣師にのための言葉が有ります。
行く馬鹿。行かぬ馬鹿。行く阿呆。行かぬ阿呆。
どちらに転んでもたいしたものではないのですが、ハイネの言う{遊んでいる時だけ男は彼自身になれる}そしてニーチェの言った{男が熱中できるのは遊びと危機だけだ}を心の片隅に置いて出かけて行くのです。・・・・・・なんと言われようとも。
絶対来週は行くぞ!

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写真は漁師さんが破れた網を補修するための道具。50年ほど前のもので竹で作ってあります。現在はプラスチックに変わっていってるようです。

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イカを釣るための新旧の餌木(えぎ)
岸から投げて釣るように作ってある最近の物は綺麗でイカも好きそう。船で釣るための漁師さんの餌木は手作り感いっぱい。これも50年以上前の物です。

釣り場でよく聞く言葉に「昔はよかった。魚はなんぼでもおった」そこでこんな本を読みながら、夢だけは波間を駆け巡らせようと思った次第。

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2013.08.17 早く涼しくな〜れ

2013年8月17日

親しみを込めて私を「おんちゃん」と呼び、現在は東京で仕事をしている若い友人がお盆に帰省しました。
自然の中で育った彼は、都会のコンクリートの中だけでは生きていけず、暇ができればバイクにキャンプ道具を積んで関東周辺の山や川へ出かけているのですが、車と違ってバイクは積載量に制限があり、キャンプ道具もコンパクトなことが第一条件であります。
そのY君が『おんちゃんも昔からキャンプするけど、これは持ってねえだろ』と自慢が大半のお土産を持ってきてくれた。

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私は車が移動手段なので、少々かさばる物もあまり気になりません。長い袋に入っている椅子は マクラーレン の ガダバウトチェア。25年余り使っていますが、場所を選ばず、丈夫で軽い。ただし外国人の足の長さに合わせてありますので、日本人伝統のおじさんの足は微妙に宙ぶらりん。そこで石を拾って足置きに。いまいち決まらん。

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小さい袋は小川テントというメーカーが作ったもの。焚き火を前にしてのベストポジションを追求したようで、組み立てて座ってみると「おお!これぞ日本の椅子じゃ」ということでかなり品薄らしい。

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我らジジイの遊び仲間は11月以降がカヌーでの川下りや、キャンプのシーズンと考えていますので、絶対死ぬぞと思うほど暑く、やたらアブなどの虫が多いこの時期は誰一人として「行こうか」などとは言いません。

仲間内でこの椅子を持っている者はいないので、最初は袋にいれたままそこらに転がしておいて、『それ何?』と聞かれた時には、おもむろに、うやうやしく、どうだ!と出すのを楽しみに、秋を待ちながらこの夏を過ごすのであります。

小動物と虫の味方でありたいと常々言っているのですが、一昨晩、庭で蜂に刺された。首筋に何か虫がとまった。何だろうと思ってつかもうとしたら チクリ そしてブ~ン。暗かったので姿を確認してないのですが、痛みと腫れ具合からするとあまり大きな蜂ではなかったようです。
昨日より蜂の味方はやめました。

2013.08.05 暑中お見舞い申し上げます

2013年8月5日

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遊び仲間が集まって言うことにゃ「今年の方が去年より絶対暑い」
「これは決して歳のせいだけじゃねえぞ」
「まあこの暑い間は魚もあまり釣れんし、もう少し涼しくなってから・・・・」
真っ黒に日焼けした肌とは似つかわしくない台詞の数々。

理由があります。
目の中に入れても痛くないほど可愛い筈の孫たちには眼もくれず、波に遊んでもらった釣師&サーファーたちが帰り道、とある喫茶店で一休み。
そこのマスターが『みなさん敬老会の帰りですか?』
確かに派手ではありますが、やはり還暦組は隠せない。
どうもこのあたりから気合が自覚に変わったようです。

そこで今回は普段使っているいろいろ小物を紹介します。

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これに缶ビールを入れておくと、炎天下でもかなり長い時間冷たいまま。
数種類ありますが、これがNO、1です。ただし350ccに限ります。

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キャンプ中に風でテーブルクロスが飛ばないようにするための四隅にぶら下げる重り。これはキャンプにしか似合わんぞのランタン型。

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本来はウイスキーが入って腰のポケットに居るものですが、お酢をちょっと入れたビタミンドリンクが私のお供。美味くないけどジジイが疲れた時の救世主。

確かに夏空は「遊びにおいでよ」と誘ってくれてはいますが、どうぞ皆様お出かけの時には帽子をお忘れなく。

そして何とかこの熱い夏を乗り切りましょうぞ。

2013.07.23 賀茂神社

2013年7月23日

賀茂神社と自宅の間には小さい畑があるだけで、いわば氏神様のご利益とご加護が及ぶ範囲での生活をしているはずなのですが、夜になるとホウホウと聞こえるアオバズク(?)の鳴き声に気を取られて神殿にはご挨拶もせず、木の上ばかり見ているおじさんには・・・・やはりネ。
(?)は未だ姿を見れないためです。

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境内にはとても大きな楠がありますので、木の“うろ”を住処にしているフクロウが生息するには抜群の環境です。

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フワリと飛べば周りは雑木林と土手の残る小川に田んぼ。これは彼の主食であるネズミの生活環境場としてもAランクでありましょう。ところが最近、工業団地を作るとかでこの神社の裏側にある雑木の山々を造成しました。

そして鳴き声が途絶えました。
当然、フクロウだけに夜逃げなのですが、彼らには一切責任のない結果なのでとても辛いことです。

鳥類の中ではわりに長生きの種族なので、いつかどこかで「ここが以前俺たちが住んでた所なんだもんね」と話してもらえればという気持ちで、佐川町 加茂 の賀茂神社を紹介します。

2013.07.15 無駄こそ命

2013年7月15日

自宅の前は緑の絨毯が広がっております。

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稲がこの位の背丈と密集度になると、コサギ や アオサギが田の中で餌を摂る姿がめっきり減ります。地面が見えにくくなったこととオタマジャクシが全員カエルになっちまったのが理由か?
カエルになるとオタマジャクシと違って好きな所へ行けるので、見つけにくい。

鳥類は爬虫類から進化したということで、現在は共食いになっているのですが、お互いそのことは知らんでしょうな。この進化の証拠は鶏の足がウロコ状になってることだそうな。

そしてもう少しすると赤とんぼ(ナツアカネ)が飛び始め、さらにその後、昆虫の中で私の一番好きなギンヤンマの優雅な飛翔が見られ、いよいよ稲穂が色付き始めると、赤とんぼ(アキアカネ)が空を染めます。

15年ほど前に知り合いのTさんにお願いして、田打ちから刈り取りまでのコメ作りを体験させていただきました。それ以来、ご飯を一粒たりとも残さぬようになったことと、田んぼに水が入りトラクターで平にならした後、田植えや補植(田植え機で出来ない場所や入れない場所は手植えすること)、そして肥料を入れたり、雑草を抜いたり、消毒をしたり、最後に稲刈りまでの経験はその後田んぼを見る目がはっきり変わりました。

するとその上を飛ぶトンボ達は、稲にとっての害虫も大量に食べてくれる大切な友になったのであります。

常々小動物や鳥達、そして昆虫の味方でありたいと思っておりますが、それが結果としてこんな本まで手元に置きたくなるのであります。

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足跡図鑑  子安 和弘  日経サイエンス社 1500円

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ワシ、タカ類 飛翔ハンドブック  山形 規男   文一総合出版  980円

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実物大 識別図鑑 野鳥の羽  笹川昭雄  世界文化社  3600円

多分私の人生においても、ほとんど出番のない「それがどうした」レベルのものらしいのですが、せめて夢は自然を駆け巡る手助けとしてあればいいかと。

おじさんはそう思うんじゃ。

2013.06.24 釣師の独り言

2013年6月24日

はたして釣りに行けないのか、それとも行かないのかは定かではありませんが、いい天気の休日に部屋の中であれこれ妄想やら想像で時間を潰している釣師のことを『アームチェア・フィッシャーマン』と呼ぶらしい。

実力はともかく、釣師を名乗りたいおじさんが「あの時はよかった。あの日は凄かった。今日から俺を名人と呼んでくれ」といった数少ない栄光の日々を振り返りつつ、リールを磨いたりルアーを並べ替えたり、本を読んだりしている。

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当然、釣りに関する読み物や道具を部屋中に広げて満面の笑み。

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ということで アームチェア・フィッシャーマン 御用達のそれぞれをご紹介いたしましょう。

何らかの理由で同じ境遇に身を落としているご同輩に捧げます。

2013.05.27 ミニクラス会

2013年5月27日

ちょっとした訳があって小学校は東京でした。
卒業時の6年1組クラス会を不定期で開催しておりますが私も3回出席しました。一番遠い所からの参加が私なのですが、いつも20人ほどが集まり、今は亡き担任のE先生のことや当時のあれやこれを昨日のように語り合い、親交を深めてきました。
50年以上前のクラスにもかかわらず、未だに連絡を取り合い集まることは稀有のことらしく、E先生に教えてもらったことが全員の心の財産になっています。

その級友の内の5人が「井上は土佐でちゃんと仕事をしているか見にゆこう」ということで2泊3日にて来高。
全員が65歳ということなれば、強行観光地巡りは疲れこそ残れど、土佐の空気を胸いっぱい吸うことにはならず、普段自然のなかで遊び呆け、会うたびに都会人から羨ましがられている田舎のおじさんガイドは考えた。

じゃあ水質日本一の称号を頂いた仁淀川を味わっていただこう。そこで上流の支流へ。水面を眺めつつあ~だのこ~だの。清流と澄んだ空気は思い出話さえ美しくするのであります。

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その後仁淀川に沿ってどんどん河口まで。海に出て『これが太平洋。対岸はアメリカ』
笑いを取ろうとして言ったのですが、全員が何故か遠い眼。まあいいか!

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最終日は龍馬空港への道すがら、高知城、竹林寺、牧野植物園へ。五台山の展望台で浦戸湾と高知市街を見ながら昼食。

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気づかず雑踏にまみれて生活している級友たちに、都会とは違った時間の流れを味わってもらいたかったのですが、「井上、俺はこの3日間で一年分の緑を見たぞ」という言葉を聞いて 土佐っていいだろ と言いそうになりました。そして別れ際に「また来るからな」といいつつ帰っていったのはにわかガイドが一番嬉しかったことであります。

友 遠方より来たる。空白は埋まる。

2013.04.18 定休日はいつも雨

2013年4月18日

ここのところ定休日の水曜日には雨が続いており、どこにも行けないし、行く気も起こらない。

ちょっと前までは「雨ならば絶対釣り人も少なかろう」とおじさんは竿片手に出かけたもんです。ところが下手な釣り人というのは全員同じことを考えるらしく、いつもより釣り場が混んでたりする。

そして濡れそぼった顔を見合わせ『お互い好きよのう』と心の中で呟く。
ここに、{釣りとは竿の一方の端に魚がいて、もう一方の端に馬鹿がいる}という先人の言葉が証明されるのであります。

そこで年齢と共に少しは賢くなっているので昨日はテレビでメジャーリーグ中継を見ていました。イチローの所属するヤンキースとオリオールズの試合なのですが、なんと両チームの全員が背番号42のユニフォーム姿。
監督もコーチも42。そして審判までもが42。

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黒人で初めてメジャーリーガーになった、ジャッキー ロビンソン を讃え、彼の背番号だった42を、30チームあるすべての球団が永久欠番にしているとのこと。

そしてロビンソンDAYにはすべての選手が背番号42のユニフォームを着ての試合。

斜めに見れば、現在は差別のない健全風なアメリカをアピールしているだけのような気もするけど、往年の名選手をいつまでも忘れず、賞賛し続けるアメリカ人をちょっと尊敬しちまった。

我が大和民族は何かが起こればその時だけ盛り上がってあとは知らん顔。
そして次の盛り上がり要素を探しながら人生を終える。

なんだかつまんない生き方が身についてしまった反省を込めての本日はこれまで。

2013.03.07 懐かしきもの達

2013年3月7日

愛犬が旅立って5年になります。
ベランダで飼っていたのですが、陽だまりの中で惰眠をむさぼり、家の中で話し声がすると写真のように顔を覗かせ「僕もまぜて」が日課でした。

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泊まりがけのキャンプへはいつも同行し、冬にはテントの中で一緒に眠り、人より体温の高い犬が横にいるだけで、なんだか心まで暖かくなる時間を過ごしました。

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昨日、彼をつないでいた金具をやっと取り外しましたが、板が変色している小屋があった跡や、そこかしこにある名残りが「俺と暮らした14年と8ヶ月は幸せな時間だったろうか」と泣きそうになりながらあらためて思わせられました。
犬種はラブラドルレトリバー 名前はクーパーいつも飼い主が何を欲しているかを気にかけている犬でした。

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さて、写真の2個の電球は東京のとある交差点の信号機で使われていたものです。
40年ほど前のことですが、都内のすべての信号機の100Wの電球を80Wに換える仕事をしておりました。当時10万ケ所あった交差点の電球を換えることによって年間の電気代が数億円安くなるということでした。現在はLEDに変わっていっているようです。
警(警察?)とkoito(小糸製作所)の名前が入った電球ですが、信号機の制作年度が昭和23年と刻印されており、私と同い年なので割らずに持っておりました。ちなみに交換する80W電球は東芝でした。

最後は「つけビン」50年ほど前の物です。煎ったヌカと川の水を入れ、川底に沈めておくとハヤやイダといった小魚が水に溶けたヌカの匂いに引き寄せられ、あっという間につけビンの中が一杯になったものです。

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非常に薄いガラスで作ってありますので、割れて子供が怪我をするという理由で禁止されました。現在はプラスチック製らしいのですがあまり魚が入らんそうです。
というより川で遊んでいる子供達の姿を見かけることが少なくなりました。いの町を流れる仁淀川も10m以上ある鉄橋の上から飛び込めるほど深かったし、年長者が飛び込む姿は小さい者にとって憧れの対象でしたが、今は昔話の中でしか見れません。

歴史は繰り返されるといいますので、いつか川ガキたちの笑い声が川面にはじける日がくると信じて。

2013.02.19 JR土讃線 仁淀川鉄橋

2013年2月19日

特急南風をどんなに急がせても高知駅から岡山駅までの所要時間は新幹線での岡山、東京間の所要時間とさほど変わりません。全く電化されておらず、曲がりくねった山間部を通る土讃線にスピードを要求されてもお答えできません。ならば、なんだ坂こんな坂のSLがのんびり走っていてもいいんではないかと思うわけであります。

途中、吉野川の大歩危(おおぼけ)小歩危(こぼけ)といった見事な渓谷が右窓左窓から眼下に見えますのでABCDどの席も平等なのであります。ちなみに大歩危 小歩危とは、その昔大股で歩いても小股で歩いても危ないほどの難路という意味らしい。
そしてやたら多いトンネルを通過する時は窓を閉めるが必定。でなければ車中煙とススだらけ。窓際の人は忙しい。
そういや現在は窓が開きません。冬はともかく、風が吹き抜ける汽車の旅は、匂いや音が車窓から入ってくる旅情を満喫できます。そして高知より西へ向かえば太平洋沿いを通る区間もありますので海の景色に潮の香りは3Dでもかなわない。

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さて、いの町は大河仁淀川が町のなかを流れております。
当然鉄橋が架かっておりますが、この鉄橋の形は古いもので現在はあまり見かけないらしい。

こんな鉄橋には絶対SLが似合うにきまってるのにネ。

2013.02.07 嬉しいこと

2013年2月7日

外で遊ぶのが大好きなおじさんは、ピックアップに乗っています。現在のはマツダのプロシードというトラックですが、本人がこれはいいと感じているほど人気はないようで、最近は全く姿を見ることは無く寂しい思いをしておりました。

ところが昨日の定休日にカヌーのインストラクターをしているF君のところへ出向き、遊ぶ話で盛り上がっているところへなんとプロシードが。高知市内で鉄の作品を作っているというU君。私の車を見つけ、「Oh!」とばかりに横付け。アフリカのジャングルで日本人に会ったのごとくお互いが笑顔。

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同じ車に乗っているだけで「こいつはいい奴に決まってる」ということで、記念写真。左側が私の車。

ここ2、3日暖かい日が続きあちこちで梅がほころび始めました。人間とは勝手なもので、花が咲くまでは梅の木を見てない。咲き始めると、「こんなにあちこちに梅ってあるんだ。いよいよ春も近い。まもなくメジロの姿も見えるなあ」とのたまう。

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植物を愛する人たちは蕾の頃からちゃんと梅を意識しており、「今年は少し早く咲きそう」などとかっこいいのですが、植物は食べれるか食べれないかでしか判断してないおじさんは梅の隣にある柿の実が落ちた名残りもやっぱり可愛い。

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これが毎年作っている干し柿の影響ならば、今年は梅酒でもつけてみるか。
人は経験でしか賢くならないので、来春は今年とは違った春になるやも。

梅の花を見て少し優しくなったおじさんは北国の雪の下の梅たちにこう言う。『もう少しの辛抱だからね』

2013.01.10 釣り師の視察

2013年1月10日

一年間のあれこれをゆっくり振り返り、さて今年はどんな面白いことに出会えるか、ワクワクしながらのんびり過ごすのが最近の正月だったのです。

ところがこともあろうに、新年を前に華やいだ気分に水を差すとしか思えんのですが、年末の高知新聞の保存版付録に「巨大地震津波浸水予測地図」が付いておりました。
こりゃあ浸水のことだけに洒落でもかましたのか? 

どうも気になるので昨日の定休日にホームグラウンドにしている県内近場の漁港へ行ってきました。
高知県中央部に位置する土佐市と須崎市にまたがる横浪半島の太平洋側の何ケ所かを地図と照らし合わせながら廻り、やはり絶望的な地形を前に東北大震災のような津波被害が、確かにここでも起りうると暗澹たる気持ちになりました。

写真は
穏やかな太平洋と甲崎。

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311津波でハマチ養殖に大打撃を被った野見湾。

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海鵜(うみう)?

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この景色が永遠に続くことはなさそうですが、少しでも被害が少ないように願うが切であります。

2012.12.09 火を囲むのこと

2012年12月9日

私のキャンプ仲間であるI氏は真言密教に造詣が深く、といっても宗教と捉えているわけではなく、哲学としての真言密教なのであります。

寒い時期のキャンプは焚き火を囲むためだけにするようなもので、焚き火以外は灯りのない満天星空の下、ソーセージやらマシュマロを枯れ枝にさして炙りながら口からの酒の肴。お釈迦様の話は耳からの酒の肴。

この雰囲気はまさに世俗を忘れ、ほろ酔いも手伝って『俺、出家しようかな』と思わせるものがありますんです。ハイ。
焚き火は三回暖まるという言葉があります。一回目は木を切る時。二回目は薪を作る時。そして最後に焚き火。

何故か人は火を前にすると誰もが哲学者になります。へらへらマスターさえも必ずそうなります。

その伝でいう訳ではないのだけれど、我が家にも薪ストーブがあります。三十年ほど前に購入した時は「何にお使いですか?」とのお言葉。この南国土佐にストーブ? こいつちょっとおかしいんじゃないか。
まあ売れるからいいや。ここは商売商売の態度ありありでした。

確かに薪を集め作るのは大変な作業ですが、一旦この火で部屋が暖まると、なんとも気持ちのいい暖かさに包まれます。

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こんな時には北国の人たちが羨ましくなります。彼らにとっては生活必需品なんだけどネ。

2012.11.17 小さい秋見つけた

2012年11月17日

昨晩自宅の本棚の整理をしていたら、昭和36年発行の「映画の友」1月号が出てきた。パラパラとめくってみると、今は亡き名優たちの全盛の頃の写真が並んでおり、貧乏学生時分に食事を抜いても映画館に入り浸ったことを懐かしく思い出した。
私が見た初めての洋画は13、4歳のころ叔父に連れて行ってもらった「荒野の七人」なのですが、それ以来映画にどっぷりとつかったまま現在に至る。

そしてその頃、ほとんどがハッピーエンドのアメリカ映画を大量に見たことが「映画ってもんは絶対楽しくなくっちゃ」から「人生も楽しくなくっちゃ」へとの思い込みが続いてしまい、やはり現在に至り、そして死ぬまでつづく。

それはともかくとして、ぎんなん を頂いた。

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ご存知の通り ぎんなん はイチョウの子なのですが、親は街の中に見事な黄色で誰もの眼を楽しませ、子は舌を楽しませる。まことに立派な親子じゃ。

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日本には見事な紅葉を見せる名所がたくさんありますが、こんな秋にもお慈悲を。

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2012.11.08 秋深し隣は何をしてるか知らんもんね

2012年11月8日

私の自宅は佐川町というところにありますが、高知県内では気温の低い平地として名が通っています。
さて、今朝のことですが、我が家の郵便受けにトンボが羽を休めていました。脇にある沙羅の木の紅葉は見頃にもかかわらずですぞ。

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この時期に比較的元気なトンボを見ること自体不思議な気がしますが、朝晩の低気温をどう過ごしているか気になるところであります。

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人間は痛みを気づかぬふりをしてやり過ごす特技がありますが、昆虫は気温によって生活しておりますので?????。

南の海に生息している魚が、最近東京湾で見かけたなどというニュースを耳にしたり、将来北海道がミカンの産地になりそうだなんて話を聞くと11月にトンボが飛んでてもちっともおかしくない?
やっぱりおかしい。絶対おかしい。

四国にも何箇所かのスキー場がありますが年々雪製造機が忙しくなりそうです。
そして、スノボーを積んだ車とサーフボードを積んだ車がすれ違うのは高知の冬の風物詩であります。

山の高いところから始まった紅葉が次第に降りて来始めました。

そして土佐の特産品である水晶ブンタンが店頭に出始めました。

もう少しすると風が北西に変わり冬がそこまで。

2012.10.27 週末なのに天気下り坂

2012年10月27日

カラスがねぐらへ帰る時間が早いと次の日は天気がいい。日が暮れるまで餌を摂っていると次の日は雨模様。
これには理由があるらしく、翌日に出勤できる空模様ですと今日は頑張らなくても明日があるさ。
しかし明日は大荒れですと家から出られないし、食事も取れない。

自然の生き物たちにはこんな予知能力が備わっています。

他にも蜘蛛が高い場所に巣を張る年は雨が多いとか、川の魚は大雨が振りそうなら砂を飲んで流されないようにするとか、人間はとっくの昔に無くしてしまった生きる知恵(本能ともいう)があります。

ただし目に見えるものは、人間とて分かる。
朝焼けだと天気は悪くなる。ということで今朝の西の空。

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今宵がたのしみじゃあ!

そして自宅の沙羅の木(ナツツバキ)が赤く染まりだしました。

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南国土佐も秋の気配にて、よろよろおじさんもなんとか夏を乗り切れたとほっとしている土曜日でおます。

2012.10.11 水温よ、早く下がれ

2012年10月11日

渓流でのアメゴ(アマゴ)の釣り期間が終わってしまい、さすらいの釣り師の視線は海でのグレ(メジナ)に向いています。そこで晩秋から冬にかけて海水温が19度を下回りますとグレの活性は高まり、いよいよ磯釣りシーズンの到来。

ところが最近めっきり足腰が弱り、身体と懐がうすら寒いおじさんは、磯に渡る高額の渡船代は払えず、また運悪く南海大地震起これば津波に対しては絶望的な海の中の磯には居たくないという理由で、すぐに逃げ出せる堤防での釣りに終始しているのであります。

そこで昨日の定休日に、釣り仲間のMくんと今まで行ったことのない県下の西域にある漁港の堤防探査に出かけました。高知県の西の端にある柏島(かしわじま)周辺のいくつかの漁港を廻り、試し釣りを兼ねた場所探し。
結果、良さそうな所を見つけましたが言わんもんね。

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赤い灯台は柏島にあります。
カメノテは汁のダシにすればすこぶる美味。

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2012.10.02 ご報告&お詫び

2012年10月2日

ただただ安価であるという一点で気に入っていた軽自動車のエンジンが、突然焼き付いて死んだ。
ラジエターに大穴があき、冷却機能を失っては当然の結果なのですが、それを運転手に知らせるランプは正常を示していた。ガソリンで動く自動車が水にやられた。油と水は決して仲良く出来ぬを改めて知ることとなった。
そして先人の言う「安物買いの銭失い」を身を以て体験した。

人は経験でしか賢くならぬというので、おじさんはこのたび少し賢くなっているやもしれません。
そこでなんとなく賢げな顔でパソコンの前。
起動・・・・・・・・・・・・・・「おまえもか!」 これが9月12日のこと。
そこで大々的に車とPCの合同葬儀を執り行い、山と積まれた御仏前や御霊前で新しいPCを手に入れようと考えたのですが、今まで狸を数えて成功したことは一度もなかったことを思い出して中止。やはりおじさん少しは賢くなっていたものですなあ。

ということがありまして、土居邸便り および 土佐便り を更新できなかったのであります。

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秋を知らせる彼岸花の咲くころには、いつの間にか姿の見えなくなる蝶たち。必死で最後の営みをしているかのようで、もの悲しく感じます。
夏のあいだ眼を楽しませてくれた彼らに感謝をこめて、ルナールが「博物誌」の中で蝶のことをこう書いてる言葉を。

「二つ折りの恋文が愛の住所を探している」

2012.09.06 臨時増刊

2012年9月6日

アナログおじさんが携帯電話を持つようになって10年ほど経ちますが、未だ電話機能だけしか使えず、しばらく電話がかかってこんなあと思っていたら電池が切れたままになっていたりします。
そしてどこかに置き忘れて頻繁に探しております。

街を行く子供たちの自転車に乗りながら片手で操作するを見ると、「危ない!」というよりも「こいつらすげーな」と感心しきり。

なにせ自宅の電話はこの壁電話でありまして、寝転がったままモシモシというわけにはいかず、間近に壁を見ながらの長電話はすごく疲れるし飽きてきますな。

先日親戚の小学生がこの電話からかけた時のこと、ダイヤルの数字を押してました。
そういや生まれた時からプッシュホンではやっぱりそうするか。

携帯の着信音に慣れた今、ごくたまにこの電話が昔の音で鳴るとなぜかほっとします。
そしてすこぶる機嫌よく、よそ行きの声で 「はい、井上でございます」 こう言います。

こうして近代国家からどんどん取り残されていくのであります。

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2012.08.30 悲しい確認

2012年8月30日

8月29日付けの高知新聞の一面トップ記事は、「ニホンカワウソ 絶滅種に」でした。
1979年に新荘川(しんじょうがわ)で目撃されたのを最後に国内では目撃例がなく、国の特別天然記念物で「絶滅危惧種」に指定されていましたが、いよいよ最悪の結果になりました。

20年ほど前に他界した私の祖母はいの町を流れる仁淀川のそばで生まれ育っていますが、生前「私が若い頃には仁淀川にもカワウソがなんぼでもおった」と、さほど珍しい動物ではなかったようです。

といっても70年以上前のこと。まだダムは出来ておらず、水辺に住む生き物たちの住処を根こそぎ取り上げる護岸工事もほとんど見かけない時代のこと。

坂本龍馬が脱藩のおりに通った道は新荘川沿いに梼原(ゆすはら)町へ、そして愛媛県へという説がその他のルートと共にありますが、その頃の新荘川にはたくさんのカワウソがいたでしょうな。

カワウソが多数生息するには主食の魚も豊富でなければならず、水の国日本と呼ばれるに恥ずかしくない
景色があったと思われます。

有史以前はともかく、いままでに世界中の絶滅した生き物には必ず人間が関係しており、文明の発達の
犠牲者はいつも彼らだけ。

少なからずその恩恵で生活している我が身を考えると、暗澹たる気持ちにさせられます。
あらゆるものを垂れ流して掴んだ便利さの代わりに、一番大切なものも一緒に流してしまった。

考えない葦なら、ただ生えているだけで生き物たちを守っている葦にも遠く及ばず、寂しいこっちゃ。

新荘川 : 高知県中央部にある須崎湾に注ぐ河川。

2012.08.17 みんな 仲良くしようぜ

2012年8月17日

友達がお江戸で凱風社(がいふうしゃ)という出版社をしています。
主に韓国、中国、台湾、東南アジア関係の書籍を出版しているのですが、その凱風社の編集長であるN氏は戦時中の航空機が大好きなのです。

といっても戦後生まれですが、96式艦上爆撃機 と 97式の違いを熱く語ってくれます。

だいたいあんなに重い物が空を飛ぶなんてことを完全に認めているわけではないアナログマスターとしては、その違いは心に響かず、いつも「ふ~~ん」てなもんだったのであります。

それが去る8月15日の定休日に愛媛県愛南町まで「紫電改」という戦闘機を見にいってきました。
終戦のひと月ほど前に宇和海に墜落した紫電改を戦後引き上げ、修復したうえ記念館で保存しています。

当時の資料や写真、そしてグリーンに塗られた紫電改と搭乗員たちの遺影の前で立ちすくみました。

終戦記念日に合わせて行ったわけではないのだけれど、よくぞこの日にここに来たと感慨新たなり。

人間は経験でしか賢くならない事を、リヒヤルト フォン ヴァイツゼッカー がこう言っている。
「過去に眼を閉ざす者は、未来に対しても盲目となる」

久しぶりに襟を正したおじさんはちょっと真面目にお送りしました。

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2012.08.14 暑中お見舞い申し上げます

2012年8月14日

土佐の夏はいかにも「南国の夏だぞう」といった夏なのですが、今年は少しちがう。
三日も空けずに雨が降り、かのファーブルでさえ嫌ったやかましいほどの蝉の鳴き声も降雨時には
途切れてしまう。

長い土中生活からやっと世に飛び立ち、子孫を残すために必要な鳴き続ける短い期間を雨にたたられては
気の毒で言葉もありません。
そしてオーシンツクツク(ツクツクボウシ)が最後に鳴いて夏の終わりを告げるのですが、今日アブラゼミ、クマゼミと一緒に鳴いていました。

最近季節感があやしくなってきました。

「アカトンボの伝言は急を告げている」という言葉が示すように、普段どこにでもいるような生き物が急に
姿が見えなくなるということは、地球に何か起こっているということ。
レイチェル カーソン が著した「沈黙の春」は自然破壊への警鐘の書ですが、セミの鳴かない夏はもはや夏とは呼べまいよ。

すこし心配です。

さて、いの町を流れる清流仁淀川にも沈下橋がありますが、これもその一つ。
「名越屋(なごや)の沈下橋」と呼ばれています。

立派な橋を架けるより随分安価で出来ますので、結構あちこちにあります。
本来生活道路としての橋ですが、風物詩としてもいいものです。

でも車で渡る時はやや緊張しますぞ。

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2012.08.11 よく降る、よく降ると褒めるのでなんぼでも降るんじゃ

2012年8月11日

花の土曜日なのに、よさこい祭りの中日なのに、昨晩から降り始めた雨が今日になってだんだんひどくなっている。

別に客足が遠のくという訳だけではないのだけれど、昔から雨が大嫌いなマスターがふと思った。

各地にある「お祭り」と呼ばれ、開催されているものは、本来旧暦で行われているに違いない。
ここには二十四節気や、生活に密着した理由が存在しているはずである と。

ところが最近は伝統行事でありながら、人が集まりやすく、又存続させるために土、日曜日に変更されている所も多いと聞き及ぶ。

お祭りなんて雨が降ったら全然楽しくないじゃん。神輿は濡れないようにしなくっちゃ。
ビニールシートに包まれてワッショイか。

花火と雨は最悪の組み合わせじゃねえか。だって空を見上げるんだぜ。
人は上を向いたら口が開くもんだ。

昔の人は絶対雨の少ない時期を選んでいるはずなのにねえ。

ここに地球のサイクルが昔と違ってきた結果、「祭りの日はいつも雨」てな悲劇が見られます。
お祭りは若い人たちが盛り上げるものなので、少々の雨は彼ら自身の熱気で乾くのでありますが、周りで見ている年寄りは濡れてしまえば命にかかわる。

だからやっぱり雨はいけない。
とくに祭りの雨はいけない。

と、空を見上げてがっかりしています。

2012.07.22 ホームページ グランドオープン

2012年7月22日

いよいよ TWIN SOUL 土居邸 のホームページ開設の運びになりました。

江戸に住むデジタル同級生 T君 が、田舎のアナログじじいのために尽力してくださいました。

「レコードは縦に置いておくと音が下の方に集まるから注意しろ」という話を守って、平積みにしていたほどのアナログ度は、パソコンの実力の1%も使えてないにちがいない。

それでも、折れない程度ではありますが老骨にムチをば打って、この土佐便りを発信いたします。

そして別項の土居邸便りにはコンサートの御案内や、催し物のお知らせ、ご来店のお客様から伺った「へえ~!そんな話があるんだ」といった楽しげな話題を載せてゆきたいと思っています。

戦後まもない生まれの悲しい性であるオヤジギャグは鼻で笑って無視してください。

つづく。

2012.03.05 春来る

2012年3月5日

残っている時間はさほど多くはないのに、ただただ馬齢を重ねつつ気が付けば早くも弥生3月。
あまり馴染みのない二十四節気の中で、啓蟄だけは虫好きのおじさんにとっていささか気になります。

雨模様なれど気温はやや高めでそろそろかいな、と思っていたところ、3日のお雛様の日に土居邸に住み着いているトカゲのお嬢さん?が冬眠から覚めて顔を見せました。
長い間丸まって寝ていた結果、固くなった身体を伸ばす可愛い仕草を見れるのはこの時期の楽しみのひとつです。

我が家の隣にある三本の白梅も満開になり、梅には定番のメジロが姿を見せる日が近づいてくるといつのまにかジョウビタキの姿が見えなくなります。

愛犬がいなくなった今、フキノトウが土手を埋め、鴨たちが北へ帰り、ツクシを数えながら楽しんでいたこの芽吹く季節の散歩がずいぶんと昔のような気がします。

少し山の方へ入ると、タラの芽、イタドリ、ゼンマイ、ワラビ、フキ、コゴミ が其処此処にあり、ウサギを追って走り去り、一時間も戻って来なかったこと、また別の日に自慢そうに亀をくわえて来たこと、子だぬきに噛み付かれて悲鳴をあげてたこと、マムシに鼻を噛まれて顔がアンパンマンのようになってたこと、飛んできたセミを食べてたこと、などなどが場所場所に思い出としてあります。

そして山桜の淡いピンクが目立つようになり、巷でソメイヨシノの話題がチラホラし始めるとツバメの第一陣が渡ってきます。しかし暖冬だった昨年は桜の開花より早く飛び回り、本来の季節感がぐちゃぐちゃになってました。

そんな早春は田舎に暮らす幸せを実感できる季節なのです。

3月1日にはアメゴが解禁になり、ここにさまよえる釣り師の一年が始まったのであります。

では。

2012.02.04 2月1日 愛犬チビが召されました

2012年2月4日

20年もの間、朝は4時過ぎの起床と散歩。そして帰宅して最初にすることは、やはり散歩。
それがなくなったこの三日間は何か大事なことをし忘れているような感覚があります。

その時はどんなに辛くても、時間と共に楽しかったことだけを思い出すようになるのは分かっていますが、自宅で物言わぬ彼らを看取る4匹目がチビになりました。

そしてこれが最後の別れと決めていた日に、友人が居てくれたことが私たち二人にとって、どれ程気持ちが救われたことか、感謝とともにとても不思議な縁を感じます。

しばらくは思い出しては涙ぐむ日もありましょうが、次にお会いする時はいろいろあったエピソードを笑いながらお話しましょう。

2.11.12.19 冬は土佐でも寒い

2011年12月19日

今朝は愛犬の飲み水が器の中で凍ってました。
一応は屋根の下にあるにもかかわらずですぞ。

南国土佐は冬でも半袖の生活が可能ではないかという噂があるようですが、そうはいかん。
愛媛との県境付近ですがスキー場だってあるんだもんね。
そしてガソリンスタンド等ではスタッドレスタイヤ&チェーンだって売ってるんだもんね。

ただし急に冷え込んだ朝、場所によっては凍った交差点で何台もの車が漢字の篠みたいになって事故ってますな。
そして田舎道が凍ると、田んぼに車が刺さっている光景がよく見られます。
こんな時JAFに勤務している友人は寝る間がないそうです。

今まで竿と箸しか持つことがなかったジジイがですぞ、勇気を出してホームページのために鉛筆を持とうと覚悟を決めましたが、顔が難しくなったまま戻らぬやもしれません。

だって、船が浮かぶのは風呂で桶が浮くので何となく分かるが、飛行機が空を飛ぶことを完全に認めているわけではないのです。あんなに重いものが?

まあ、ず~っと水と遊んできましたので、背水の陣がお似合いさ。
頑張りますので見捨てないでください。

2011.11.29 晩秋に想う

2011年11月29日

秋深し隣は何をしているのかが分からないのが田舎の良さか否かですが、隣家との距離が結構ありまして、深夜の大音響、麻雀大会、そして茶碗飛び交う夫婦喧嘩さえ何の遠慮もいりません。

我が家の東側には加茂神社という小さいながらも氏神様がありまして、境内には大きな楠があります。姿を見たことはありませんが、鳴き声からアオバズクと見当をつけています。
夜になると聞こえる彼?の「ホウホウ ホウホウ」はなかなかいいものです。

先日の定休日、県の南西部にある宿毛(すくも)辺りの漁港を釣りがてら探索に行ってました。
5軒ほどしか家のない小さな漁港から、マグロの養殖を大々的にしている大きな港まで7、8箇所を廻り「ここは良さそうだな。ここは浅すぎる。ここは狭い。」などと点数を付つつ試し釣りをしながらの一日でした。

それでも40cmほどのネイリ(カンパチの子)や、針を飲み込まれてしまい海に戻せなかった大きくはないがグレ、マダイを愛犬のお土産に持って帰れました。
犬は魚の大きさをとやかく言いませんので、この五日間ほどは焼き魚定食にて顔が笑ってました。

その道中、ツワブキが何キロにもわたり続いている場所を通りましたが、初冬に花をつける野草は他になく、ツヤブキが語源といわれている艶のある葉と黄色い花の群生は、この時期のほっとする風景であります。

茎と花が食せますが、茎はやわらかな春に採りフキと同じように煮物に、そして冬に咲く苦味のある花はてんぷらにします。年に2回も楽しめる優れものであります。

ヘボ釣り師にとってはですぞ、当てにならない魚だけに眼を向けている訳にはいかず、山漁師も兼ねているのです。

春のアメゴ釣行時にも「あそこに山芋がある。」「この辺はイタドリが多い。」「タラの芽みっけ」「野イチゴやキイチゴあるぞ。食おうぜ」と忙しいこっちゃ。

何を隠そう、山の動物達の天敵はかく言う人間なのであります。

志の低さを空の高さが補っている秋。
なわけないな。

では。

2011.11.19 創刊準備号

2011年11月19日

愛媛との県境に連なる四国山脈の上の方から始まった紅葉が少しずつ降りてきているのに、この週末はザンザン降りの雨にて道路も土居邸もガラガラです。
そしてここで気がついた。

釣り師にとって秋の長雨は気温がどんどん下がり、それに伴って海水温も下がってくるのでグレ(メジナ)の活性が高くなるお待ちかねの季節なのですが、短期旅行者にとっては毎日が雨といった状況の確率が高い秋だということに。

先日は秋の旅をおすすめしましたが、この結構降り続く雨のことを忘れてました。
遊ぶこと(釣り、カヌーでの川下り、キャンプ等々)にしか働かない脳をお許しあれ。

しか~しですぞ、
一応野生爺と自負してはいても薬に生かされている我が身を考えた後に、皆様のことに思いを馳せた。
人生の残り時間はそんなに違わぬであろう都会の友たちに、土佐の四季を味わっていただくことが私が高知に住んでいる理由ではないかと。そう思ったのであります。

で、今年は夏、来年は秋、再来年は春、そして冬。
まだまだあるぞ。早春、梅雨、初夏、初冬。
それぞれに季節をほんとに肌で感じられる一年が土佐にはあります。

好もうと好まざると、皆様を野生爺と野生姫様にしてさしあげたい。こう思ったのであります。
経験から申せば、人は自然の中においてこそ瞳が澄み、微笑みが美しくなるものであります。

最後に私の好きな句を

「山の花は 山の水に活けてをき」   山頭火

では。

2011.12.18 こうして始まったホームページ

2011年12月18日

南国土佐とは名ばかりの「げに、しょう、まっこと、うと冷やい」。
土佐弁では気温の低いのも、水の冷たいのも、「ひやい」といいいます。
げに、しょう、まっこと、うと、はどれも 凄く、や 確かに、 という意味です。

例: げに遠い。しょう安い。まっこと難しい。
   ただし、うと だけはひやいの時にしか使いません。

今朝はこの冬初めて霜が降りましたし、車の窓ガラスが凍ってました。
山間部はマイナス気温にて雪がちらついた模様。

私の釣りの師匠はラーメン屋を営んでおりましたが、この冬から猟期中(11月15日~3月15日)はマタギとしての渡世をおくることにしたそうです。
そして4月からはラーメン屋に戻るそうですが、5箇月間も休んだ店に再びお客様が来ていただけるかは、神のみぞ知る領域なのでどうなることやら。

周りは全員がダメなほうにのるということなので賭けは成立せず。
そして本人はこの寒空の中、ライフル片手に山中深く分け入ってるらしい。ちなみに彼は58歳なんですぞ。
そして、鳥や猪は猟犬がいないと獲れませんので、鹿だけに絞るようです。しかし、鹿も命がけですのでナ。

さて、この夏に来高された時に土居邸のホームページを作ってくれる話をしてくださいましたが、本当でしょうか?

3月11日の震災以降来客は途絶え、このままでは存続が難しくなりそうなので考えた。

私の土佐便りメールを楽しみにしてくれているメル友が結構いるのです。
そして彼らが言うのに、ホームページに掲載すれば面白がってその中の幾人かは

「どんなジジイかいっぺん顔を見に行こう」となりはしないかと。
『どうせ暇なんだから、時間はなんぼでもあるしネ。』とのご指摘。

そこでお願いする運びになりました。
人ごとのように言いますが、業者に頼むと何十万円もかかるぞとか、作るの難しいぞとか、アナログ脳を打ちのめす話ばかりで、いささか気は引けてはおりますが。

詳しい状況が全く分からぬままに言っておりますので、ご判断よしなに。